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青年海外協力隊の要請背景調査票がおかしい? 

現役の青年海外協力隊員の持つ不満の多くは、「要請背景調査票(協力隊員に要請されている業務内容を記載したもの)に書かれていることと実際に現地に行ってみた内容が違う」ではないでしょうか?
大昔(ピラミッドの時代 自分が協力隊員の時代)からずっと言われ続けています。自分がそう言っていたので間違いありません。

昔の話をすると嫌われそうですが、いくら「要請背景調査票がおかしい」といっても、最近は昔に比べるとそれでも「マシ」だとおもいます。

「忙しいのに、いちいち調査なんかしてられない。想像力を豊かに働かせて要請背景調査票を作るんだ」と言っていた協力隊関係者も昔はあります。
冗談だったのか、本気だったのか定かではありませんが。
「コンピューター指導の隊員が行ったらコンピューターがなかった」
くらいは普通で、
「水泳を指導する隊員が現地に行ったらプールがなかった。」
「コンピュータのシステムエンジニアが要請されていたはずが、現地に行ったら、要請されているのは電気システムのエンジニアだった」
などなど、すごい状態を見聞きしたことがあります。

それに比べれば、最近は、まだかわいい間違いではないかと思います。

それにも関わらず、最近は、より「要請背景調査票がおかしい」と言われているような気がします。

昔は、協力隊員は「何もないところ、何も体制の無いところから、一から仕事の体制を作って仕事をしていくんだ」という雰囲気はありました。

協力隊初期の、大先輩隊員は、良きにつけ・悪きにつけ、「すごい」人たちが多いような気がします。
要請背景調査票などハナから気にしていない人も多かったのだろうと思います。
「受け入れ体制が何にもなくても、なんとかやってやろう」そういう気構えのある、相当特殊な人たちが当時の協力隊員の標準ではなかったかと思います。協力隊が「はじめての海外」という人も多く、相当の覚悟を持って来ていたことも理由のひとつでしょう。
ところが、最近は海外に行くことが普通になって、「タイには旅行で来たことがあります」
という人も多くなってきました。なにより、普通の人が協力隊員として気軽に参加できるようになってきました。
(それは、良いことだったと思っています)

しかし、普通の人にとっては、経験的にも能力的にも「なにもわからず、なにもないところから、一人で体制から作っていくなど考えられない」のが文字通り「普通」です。
当たり前ですよね。たとえば30歳で会社を立ち上げた経験と会社をつぶした経験がある人は、それなりに経験があり、ちっとやそってではビビらないと思いますが、そんな経験のなる人は「普通の人」と言いませんね。
だって、例えば日本でボロ会社があったとして、そこに1人で乗り込んで、立て直すことのできる若い人ってどれくらいいます? 協力隊員には、体制がメチャクチャの、しかも海外の現場で、一人で乗り込んで仕事を求められるのです。

協力隊員の配属先に着任しても、発展途上国には、仕事を行うバックアップ体制はそこにはないのです。バックアップ体制を一人で作ることから仕事を始めなければならないのです。(だから発展途上国なのです)
もちろん、そんな環境では普通の人は日本で思っていたような仕事や成果ができません。でも、「自分に能力がない」とは言いたくないものだから、「要請背景調査がおかしい」となるのです。
「自分には、ボロボロの組織を立て直し、仕事を作る体制作りからはじめて、仕事をやり遂げる能力がないので、仕事ができません」ではなく、「自分の仕事がうまくいかないのは、要請調査票がおかしいからです」と言い訳になっているのではないでしょうか?

自分自身を思い直すと、(当時は意識していませんでしたが)少なくとも自分はそうでした。 苦笑

真の問題は、「要請背景調査がおかしい」のではなく「活動を効果的に行えない(行いにくい)」ことなのではないかと思いますが、どうですか?

もちろん、本当におかしい調査票というのもあるでしょうし、そういった調査の精度向上をJICAは努力する必要があると思います。但し、その目的は「効果的な活動を隊員が行える」ことであって、「要請背景調査票の精度をむやみにあげる」ことではないと思います。「隊員の配属先のビデオ撮影して、要請背景調査票に添付する」などの意見もあるようですが、確かにビデオがないよりあったほうがいいと思いますが、物事の本質はそれで解決しないように思います。
もし、私がJICAで要請背景調査を行う立場なら、限られた時間を有効に活用するためには、ビデオ撮影するより、もっと別の仕事をしたいと思います。

協力隊員が現地に行って、「思っていたこと」と違った。要請背景調査票がおかしかった。

そうしたときに、「要請背景調査票がおかしいから仕事ができない」との言い訳が許されるのは、個人的にはせいぜい半年、1年だと思います。

それ以上たったら、「おかしいのも現実」です。「現実の中で、現実的解を見つけるのは、協力隊に限らず、どんな仕事でも求められますよね」

であれば、 「要請背景調査票がおかしいから仕事ができない」ではなく、「おかしな要請背景調査票を前提として、どう仕事をするか」に気持ちを切り替えるのが必要だと思います。

というか、多くの協力隊員は、愚痴はいいつつも、気持ちを切り替えて頑張って仕事をしているのだと思います。

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タイ人のことはタイ人が一番知っている? 

「タイ人のことはタイ人が知っている」
、、、もっともらしい意見です。
こう言ってしまえば、誰も反論できないように思えます。

確かに、ある村での生活は、その村の住民が一番の専門家でしょう。
障害者については障害者が一番の専門家です。

ある青年海外協力隊員の業務発表会に出席するチャンスがありました。

その協力隊員は、タイ政府の地方での住民サービス機関に配属になりました。が、その配属先職員は、タイの社会福祉制度、住民サービス制度についてあまり知らず、また関心もなかったようです。
試行錯誤の結果、まず第一ステップとして、住民に直接働きかける活動を行ない、住民の状況・ニーズをある程度把握したのち、関連NGOやサービス機関とのネットワークや配属先の巻き込みを図り、最終的に、「住民グループ形成の機運」「ネットワーク構築の機運」「配属先政府機関の意識付け」が達成できたとのことです。

素晴らしい活動で、まさに青年海外協力隊の醍醐味だと思いました。

、、、前フリがまたまたながくなりました。
面白かったのは、その報告会に出席していたタイ政府の本局職員の反応です。
「タイ政府では、各種住民サービス制度、社会福祉制度が整備されていて、現場はそのような情報を持つ公務員が配置されているはずである。なぜ、現場がそのような状況であったのか理解に苦しむ」

この本局公務員の言っていることが事実で協力隊員が配置された場所がたまたま例外的にひどい場所だったのか、それとも本局職員の理解が不十分だったのか?

確かにタイのことはタイ人が知っています。
しかし、「タイ人がタイのことをすべて知っている」ことではありません。むしろ、タイの社会では情報・制度に課題があるので、青年海外協力隊員は、机の上で情報を入手しにくい(タイ語が読めないから)から、現実を見るため、むしろ正しい姿を見やすい面があると思います。
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我が家の ガラクタ 宝物 その3 

タイの骨董屋の定番です。
何でしょう?



村から買ってきました。


20061130002108.jpg

ココナッツ削り器です。ココナッツを割って内側を削ってココナッツパウダーを作ります。目や耳までリアルについています。

ところで、これはイタチ?

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作者の ガラクタ 宝物 その2 

作者は本物志向である。

英国のスーツを買うならバーバリー。イタリア製ならアルマーニ。 と決めている。

ただ、今まで英国のスーツもイタリアのスーツも未だかって購入したことがない。試しに手元のスーツを確認するとMade in Chinaと書いてあった。中国製の本物のスーツのブランド名はまだ確認していなかった。

先日高級財布が並んでいるバンコクの夜店で財布を眺めていると、100バーツ(300円)くらいの安物のなかで150バーツ(450円)の高級バーバリーの財布があった。ふん、どうせニセモノだろう。と思ったが、店のおっちゃんは、ニセモノではないと言う。なぜならばバーバリー(BURBERRY)のニセモノではなく、バーヴァリー(BERVERRY)という一流ブランドであるとのこと。ただ、まだ無名であるとのことだった。
誰も知らない、しかも高級ブランドは、まさに本物志向の作者の嗜好に合致しており、納得して120バーツ(360円)に値切って購入した。


このように、作者の本物志向は徹底している。
よって、作者のコレクションは本物ばかりである。



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天秤秤。地方の商店に行ったときに実際に使われていたものを交渉して売ってもらいました。400バーツ(1200円)で買いました。多分昔はごく普通の秤だったであろうことが気に入っている。



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コードレスのアイロン。中に炭を入れて使用。ニワトリの留め金がなかなかよい。なお、このタイプのアイロンは、インテリアととして模造品が土産物屋で多く売られている。が、これは村から買ってきた実際に使われてきた本物。


20061128231302.jpg
この中に炭を入れる。実際に使っているところは見たことがない。が、使いにくそう。

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バンコクの巨大ショッピングセンター一覧 

都心回帰 のついでに、、、、バンコクの巨大ショッピングセンター一覧です。

何をもって「巨大」というかは、作者の主観ですのであしからず。





1;フューチャーパーク
2;ファッションアイランド
3;セントラル・タウン
4;The Mall グァムウォンワン
5;セントラル・ピングラオ
6;シーコンスクエア
7;セーリーセンター
8;セントラル・シティ
9;The Mall タープラ
10;セントラル・ラマ2世
11;The Mall バンケー
12;セントラル・ラマ3世
13;セントラル・ラプラオ
14;サイアム・パラゴン
15;セントラル・ワールド・プラザ
16;セントラル・チットロム
17;セントラル・ルンピニー(計画中)
18;The Mall バンカピ
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都心回帰 

タイ最大のショッピングセンターは、昨年12月に完成したThe Mall系列のサイアムパラゴンです。売り場面積が50万平方メートルでアジア最大面積を誇ります。

そして、それに対抗してセントラルグループがセントラル・ワールドプラザを増床・改装し、売り場面積が55万平方メートルと再び抜き返しました。

タイで高級デパートといえば、The Mall系列のエンポリウム。こちらも昨年改装が終わりました。

セントラルグループは、イギリス大使館の敷地を購入し高級店のセントラル・チッロムを増床する計画があるようです。

そして、郊外型ショッピングコンプレックスのはしり(が、今となれば都心)のセントラル・ラプラオ店の土地借地契約終了に伴なって、The mallが新たに契約しショッピングセンターを建設するようです。


すると、現ルンピニーナイトバザールの来年早々の借地契約終了に伴い、20万平米の広大な跡地(「都心の最後の巨大空き地」と言われています)に新たな巨大ショッピングコンプレックスがセントラルグループにより計画されているようです。


しばらく前は、バンコク郊外での巨大ショッピングコンプレックス建設がブームでしたが、このところバンコク都心部の超巨大ショッピングセンター建設ブームです。。。

バブルなのか? タイの実力なのか?

いずれにしろ、休みの日にタダで涼みに行く場所が増えるのはいいのだが、、、、


ちなみに、日本最大のデパートは、名古屋松阪屋の8万7000平方メートル。日本一床面積が大きいビルでも、名古屋松阪屋のJRセントラルタワーズで42万平方メートルです。

こうして比較すると、バンコクのショッピングセンターが巨大なんだなあ。




20061127234004.jpg
位置関係図;巨大ショッピングセンターが集中しているのがわかる

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ミャンマーの女の子 

青年海外協力隊員としてタイの地方で働いていました。ある日、誰だったか日本からお客さんが来ました。

来客;日本人が誰もいないところで働いているのですか?」
自分;この街には、日本人はいないけど、ちょっと行けば意外と日本人がいるんですよね
来客;ちょっと行くってどこに日本人がいるのですか?
自分;東に60kmのところに1人、西に80km行ったところにも1人いますよ。
来客;無言

60kmや80kmは「ちょっと」とは言わないらしい。

日本人が他にいないことや生活が大変な場所で働いている青年海外協力隊員をねぎらう人は多いような気がします。
でも、そんなものは大した問題ではないのです。
青年海外協力隊員が現地で何がつらいかといえば、頑張っても頑張っても「仕事がうまくいかないこと」なのです。


と、作者は、いつも強調しています。

が、


あるときミャンマー国境に近い場所に行きました。レストランでメシを食べようとすると、従業員のタイ語がカタコトです。しかも、十代前半の子供です。なんとか話をすると、歩いて何日もかかるミャンマーの山の中から出稼ぎに来たそうです。もう2年間も働いているのだが、一回も家に帰っていないそうです。

子供ができてベビーシッターを捜しているとき、「英語ができる」ということでミャンマー人の女の子を紹介してもらいました。やはりミャンマーからの出稼ぎですが、労働許可をとるために、袖の下が年に1回7000バーツ必要と言っていました。不安定な身分で何の保証もなく、外国で一人で働いているのです。

以前住んでいた近所のカレン族の女の子の家族は、紛争地域の難民キャンプで暮らしていました。ある日彼女の家族から彼女に取り次いでくれないかと、電話がありました。(家族は電話屋から電話をかけているので折り返し電話はできない) 内容は、「彼女のお兄さんがミャンマー政府軍に殺された、と彼女に伝えてくれ」とのことでした。

また、彼女の友達のやはりカレン族の女の子が妊娠しました。父親はオーストラリア人で、「今、オーストラリアに帰っている。そのうち迎えにくる」とのことでしたが、少なくとも自分の知る限り赤ちゃんができても父親が来た形跡はありませんでした。(その後、どうなったのでしょう)


厳しい状況で生きている人が大勢いるのですね。


青年海外協力隊員が現地で何がつらいかといえば、頑張っても頑張っても「仕事がうまくいかないこと」なのです。

などと、言えなくなってきます。

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