昨年10月から開始したブログですが、5ヶ月弱で1万アクセス(=のべ1万人の人が読む)になりました。 ひとことで1万アクセスといいますが大変な数です。 このブログを読んだ人が1人1円ずつ筆者に寄付したとするとなんと1万円になります。 1人100円ずつ寄付したとしたら、なんと100万円です。 1人1万円ずつ寄付したとしたら、、、、、筆者の頭では複雑すぎて計算ができませんが、膨大な金額です。 大金持ちになった気分です。 ただ、残念なのは実際には筆者が大金持ちになっていないことです。 この調子でアクセス数がのびていけば10ヶ月弱で2万アクセス、10年で20万アクセスは確実! 100年たてば、なんと筆者はこの世にいないことは100%確実でしょう! すごい偉業を成し遂げた気分です。
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都心回帰 で、バンコクの巨大ショッピングセンター状況について書きましたが、その中で、「セントラルグループが、ルンピニーナイトバザール跡地への巨大ショッピングセンター(仮称セントラル ルンピニー)を企画中」と書きました。 それが、いよいよ具体化してきました。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070226-00000006-nna-int20万平方メートルの巨大敷地のうち、とりあえず6万4000平方メートルを、90階建ての中核ビルを中心にホテル、オフィス、会議場、そしてショッピングセンターを開発するようです。ショッピングセンター床面積10万平米程度とタイにおいては「超巨大」とはいえないものの総合的な開発に期待がこもります。 (ちなみに、日本国内最大面積の百貨店の名古屋松阪屋は8万7000平米です) それに、残りの約14万平米の扱いにも興味があります。 バンコク中心部における「最後の巨大空き地」と言われる同所だけにこれからも目が離せません。 そして別の視点では、今まで、サイアムパラゴン、セントラルワールドとバンコクの繁華街はBTSスカイトレイン沿いでした。この、ショッピングセンターはMRT地下鉄沿線であり、急ピッチで開発が進む同じ地下鉄沿線のラチャダーピセックとあわせて、地下鉄の存在感が増しそうです。  昨年末に移転した日本大使館に隣接した場所になります。
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このブログのアクセス件数は、現在9892! 1万アクセス目前です。 もしかしたら、明日達成するかもしれぬし、 さらにもしかしたら、明日10万アクセスを達成する可能性もあれば100万アクセスを達成する可能性も否定できません。 (例えばYahooにアクセスしたら自動的にこのブログに転送されるようYahooがミス設定をした場合など) が、とりあえず1万アクセス目の人に、記念イベントをしようと思います。内容はなんと筆者からの豪華プレゼント、1万円をプレゼントします。 丁度、1万アクセス達成者は、下記の質問を作者まで送付してください。1万円を送付します。 1.なぜ、このブログにアクセスしたのか、その理由 (筆者には、このブログにアクセスする人の気が知れません) 2.一番面白いと思った記事、一番ためになった記事 (そんな記事があるなら、筆者もぜひ読んでみたいと思います) 3.「1万円もらえる」のを本当に信じているのか? (このブログを読んでいれば、作者の信用ならぬ性格を知っているはず) なお、送付する際には、1万アクセス目である客観的な証明(公的機関発行の証明書)を添付お願いします。なお、証明書には割印の押されていない10万円の収入印紙を貼付けをお願いします)
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「開発途上国で仕事をしている」というと、 刺身など恋しくなりませんか? などと言われたりする。 実は開発途上国では意外に生食はあります。 タイでも、生きた子エビの躍り食い、生のオイスター、血の滴る生豚肉などが田舎料理であります。 (筆者は、ひるんで食べたことがありませんが) そのような料理ではなくても、漁港に行くと新鮮な魚が沢山手に入るため、刺身にして食べることができます。 (流通の問題があるので、都市で売られている魚が刺身で食べることができる国は限られますが) さらに、マグロが意外に多くの開発途上国で水揚げされ、マグロの刺身が食べれるのです。 下記写真は、国名を聞けば、多くの人が行くのをひるむ国です。 が、ホテルのサラダバイキングで、マグロの刺身、寿司食べ放題なのです。他の客は別料金でメインディッシュとしてステーキなどを食べているのですが、日本人にとって、サラダバイキングでマグロ刺身、寿司食べ放題で十分!! (サラダバイキングで、刺身や寿司があるのもオモシロイ) 筆者にとって恋しい日本料理といえば、刺身でなく、吉野家の牛丼、豚丼です。  サラダがならんでいるバイキング  これをいくらでも食べ放題。刺身を全部食べが、すぐ補充された! 幸せ!!
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takaさん 毎度おつきあいいただきありがとうございます。 良い家を建てるにはエネルギーが必要 (そのエネルギーを持つことがエンパワーメント) に対するtakaさんのコメントです。 バリヤフリーを必要とする人を、 バリヤフリーの建築物の設計に参画してもらうのは、 "より良い建築物をつくるため"の 「手段」や「大前提となる入り口の条件」 であって、 「ゴール」 では無いですよね?
もしかしたら、 "バリヤフリーを必要とする人をエンパワーするため"の ゴールの一部なのかも知れませんが。そうなのかもしれませんが、実は「途上国での開発」の視点からみた、あるいは「障害者のエンパワーメント」の視点からみた自分の見方は、 バリアフリーの建築物を作ることへの当事者の参加は、「条件や前提」あるいは「ゴールの一部」でもないのです。 確かに、下記のような「バリアフリー建築物建設プロジェクト」は考えられるとは思いますし、否定をしません。 プロジェクト上位目標;バリアフリー「社会」の実現 プロジェクト小目標;バリアフリーの建築物を作ること 手段(条件・前提);当事者の参加型で設計がされること 従来の「通常の考え方」や「常識的な考え方」では何の問題もないでしょう。 ただし、自分が考えていることは、このようなことではないのです。 (それが、takaさんが違和感を感じている部分だと思います) 筆者が理想と思っているのは、「建物」というハードを作ることが目的でなく、あくまで「人」というソフトありきであるべきだということです。 つまり、たとえば、次のようになります。 プロジェクト上位目標;バリアフリー「社会」の実現 プロジェクト小目標;当事者の主体的参加 手段;バリアフリー建物の建築 当事者がエンパワーメントされ、その当事者が社会参加(建物建築への参加)する社会的システムが構築される。 そのために、「バリアフリーの建物建設を通じて」、その構築事例が蓄積されるのです。 開発の視点から見れば、 建物建築は「目的」ではなく「手段」なのです。(もちろん、デベロッパーの立場からすれば、建物建築は目的でしょうが。 ただし、六本木ヒルズの森ビルの人が何かに書いていましたが、「森ビルは、建物(ハード)を作るのが仕事ではなく、街やコミュニティ(ソフト)を作るのが仕事」とのことです。(多分に宣伝的な意味合いもあるかもしれませんが)そういう意味では、自分と考えは一致しているかもしれません。 ちなみに、余談になりますが、筆者は六本木ヒルズがとっても好きです。確かに庶民とはかけ離れてはいますが、遊働住が一体化し、かつ新しい形のコミュニティを作ろうとする意図を感じます。「仕事をするだけのビル」や「住むだけのニュータウン」より、六本木ヒルズにとっても魅力を感じます。 自分が住むことは(経済的に)絶対にありませんが。) もとに戻ります。 実は、「手段」としては他にも多くの方法があります。 しかし、バリアフリー建物が手段として良いのは、「結果が素人にも目に見えて、わかりやすい」ということです。 恐怖のスロープ バンコク・スワンナプーム空港 これを見れば、この空港は参加型で作っていないことが、一目瞭然です。 筆者は、「それが問題」と言っているのであり、「(厳密にいえば)空港がアクセシブルでないから問題」と言っているのではないのです。 "利用者が真の意味で力を持つ"までプロセスとして、 私が提案したような方法を採用しないとして、 どのような対応をとることを考えてらっしゃるのでしょうか? 私は、今ひとつ、理解できないので、教えてもらえると嬉しいです。エンパワーメントを説明する言葉に次の言葉があります。実は誤解を招きやすいのですが、エンパワーを説明するのにわかりやすいのであえて書きます。 ・お腹が空いている人に魚を与える →(狭義の)福祉アプローチ ・お腹が空いている人に、魚の釣り方を教える →教育アプローチ ・お腹が空いている人に、魚の養殖の仕方を教える →教育アプローチ改良版(サスティナビリティの担保) ・お腹が空いている人に、「自分も頑張れば、魚も釣れるし、養殖もできるんだ」と勇気づける →エンパワーメントアプローチ各々のアプローチは必要なもので否定するものではありません。たとえば、極端な例では、災害で食べ物が無い人には、緊急に食料が必要です。 が、筆者が、このブログで一貫して主張しているのは、エンパワーメントアプローチのすばらしさです。 やる気にさえなれば、次のステップとして魚の釣り方を覚えても良いし、養殖の仕方を覚えてもよい。教えてくれる人がいなければ、教えてくれる人を探しせるし、自分で創意工夫をしてもよい。とにかく、やる気になるのが大切なのです。 バリアフリーに関しては、次のようなことになるでしょう。 ・(行政などが)バリアフリーの建物を造る →(狭義の)福祉アプローチ ・バリアフリーの建物の作りかたを建築士に作る →教育アプローチ ・バリアフリーの建物を作る際の当事者の留意事項を当事者に教える →教育アプローチ改良版 ・当事者に「自分も頑張れば社会をバリアフリー化できるんだ」と勇気づける →エンパワーメントアプローチみんなが「自分たちが、バリアフリー社会を作っていくんだ」とやる気になることによって、それが「社会(コミュニティ、建築士、行政etc)への変革へのパワーとなる」というのが、バリアフリーアプローチなのです。
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青年海外協力隊員のあり方 に関して、 京王線さんからのメッセージです。 当たり前のことですが、理論だけではダメだし、実行力だけでもダメ。でも、協力隊は担当地域や担当人口が少ないので、どっちがより求められるかと言ったら、実行力でしょうね。私は開発学を協力隊の後に学びましたが、もし協力隊の前に開発学を学んでいたら、もっと良い活動ができただろうな、と思いました。 しばらくぶりにブログを見て、コメントしようと思ったのですが、コメントしたかった記事がどれだったか忘れてしまったのでここに。 私のいる国はとても弱者に優しい国です。なので、どんなに結果が最悪でも「成功だった」と肩を叩き合い、満足します。お互い批判をしません。なので発展が全く望めません。うまくいえないのですが、弱者に「優しい」ことは大事ですが、「甘やかし」との境界線が難しい気がします。確かに、「理論だけはダメ、実行力だけでもダメ」ですね。 ただし、京王線さんの書いているように、協力隊員は基本的には「コミュニティでの開発モデル(地域活性化モデル)」を作るのが仕事だと思います。それであれば、理論は「人間としての基本的素養」でほぼ十分ではないかと思います。 もし協力隊の前に開発学を学んでいたら、もっと良い活動ができただろうな、と思いました。は、京王線さんはそうなのでしょうが、果たしてほかの人もそうなのだろうか?と思うことがよくあります。 つまり、知識がじゃまをするというか。 「知識はないよりあった方がよい」というのは、必ずしも当てはまらないのではないかと思います。 知識があるがゆえに、本質が見えなくなるんだと思います。かといって、たとえば医者が手術をするのに、「理論はなくても、とにかく切ってみる」などと言われたら恐ろしい限りです。 ただし、人間が生きていく範囲で経験してきていること、、、にコミュニティの開発などでは、「知識」より「実行力」がはるかに重要なのではないかと思います。 (実は、開発において、もっと積極的に「知識はない方が良い」というケースも多くあると思っています。が、それは今度書きます) 私のいる国はとても弱者に優しい国です。なので、どんなに結果が最悪でも「成功だった」と肩を叩き合い、満足します。お互い批判をしません。なので発展が全く望めません。うまくいえないのですが、弱者に「優しい」ことは大事ですが、「甘やかし」との境界線が難しい気がします。確かに多かれ少なかれ、開発途上国共通ではないでしょうか? タイでも、業務の評価をしようとすると、(決して個人を避難しようとしているわけではないのですが)、大きく抵抗をされることが多いと感じています。「終わったことを蒸し返してもしょうがない」と言われたりします。「今度やるときはもっとうまくやるから」って。 組織的な知識経験の蓄積を考えると、組織としてきちんと評価すべきだと思うのですが。 まさに、京王線の感覚とおなじです、いわば「なれ合い社会」「仲良しクラブ」です。 ただ、日本のように、人間能力をギリギリ活用し、効率やミスをギリギリ詰める、、、そんな国が「良い社会か?」と問われれば、そうは思えません。 うまくいえないのですが、弱者に「優しい」ことは大事ですが、「甘やかし」との境界線が難しい気がします。自分もうまくいえませんが、とっても同意見です。
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現在、香港のトランジット中に書いています。 バンコク・スワンナプム空港のインターネット環境 記事中で、関西空港が「無料でインターネット使用可能」と書きましたが、ここ香港も無料で使用可能です。 香港は装飾などはあまりないのですが、機能的で自分は好きな空港のひとつです。 なにより、「ラーメンがうまい」のが一番の気に入りですが。コシのある細麺、、、うまかったなあ。 30HK$です。 ところでTakaさん 長文のコメントありがとうございます。期待したとおりのリアクションで(笑)自分のツボにはまりっぱなしです。 (バリアフリーの観点からも、その他の観点からも)使い勝手の良い家を建てようと思えば、『プロの』建築士に頼るのではなく、ユーザー側の姿勢が重要、との話題が続いています。 ■エネルギーが必要
自宅を建築するのに、施主の私たち側にも相当なエネルギーが必要でした。 ・自分たちの要求を具体化するために、充分な事前調査が必要であったこと ・設計者と対話するため、提案されたこと実際に確かめる必要があったこと ・物理的、経済的制約から、たくさん苦しい選択を迫られたこと
設計士は、住む側の気持ちを分かっているようで、分かっていません。 そういう意味では、さくらぎちょうさんの主張する「利用する側が設計プロセスに参加する」は絶対に必要な条件です。そうです、自分が言いたいのはまさにこの点です 。『設計士は、住む側の気持ちを分かっているようで、分かっていません。』という点です。なぜならば、設計士は家が建ったらおしまいなのです。その後、一生住むユーザーと真剣味が違って当たり前です。 実は作者が関わる「国際協力でも同じ」であることの自分の意見はこのブログでは繰り返してきたとおりです。地域開発において(潜在的にであるにしろ)一番真剣なのは、住民なのです。開発ワーカーでもなければ、役人でもなければ教師でもない。ドナー(援助者)でもないということです。それらの人は、まさにtakaさんのいう『気持ちを分かっているようで、分かっていません。』である可能性が高いのだと思います。 「良い家」とは人によって異なるのがあたりまえで、「良い家」を作るには、住む側、利用する側が主体になる必要が絶対にあります。 で、 しかし、我々、住む側も、実は自分たちの要求を分かっているようで、分かっていませんし、具体化できていません。 そこを具体化するのに相当なエネルギーを必要としますし、要求者側である私たちの「素人の限界」も感じます(ました)。 |