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昭和初期の横浜の地図

横浜市のホームページで昭和初期の横浜の地図を公開するそうです。

http://www.city.yokohama.jp/me/machi/kikaku/cityplan/gis/3000map.html


ソースは、ヨコハマ経済新聞 です。

なかなか横浜市のウェブサイトは頑張っています。過去の町並みを残し公開していくことは、これからの街造りを考えたときに是非必要だと思います。「良くやった!」と思います。

しかも、Google Eathと連動して見ることができる。市役所の仕事とは思えないあまりのマニアックさ!!!
褒めているのですよ! → 横浜市


参考;Google Eath参考記事
   ・GoogleearthとPointAsia
   ・GoogleearthとPointAsia その2



ちなみに、横浜市のウェブサイトでは、横浜各地の古写真も「Yokohama's Memory」として公開しています。
http://www.city.yokohama.jp/me/kyoiku/library/memory.html

例えば、次のような写真です。

20070331011913.jpg
関東大震災の野毛坂

20070331011927.jpg
復興後の野毛町

関連記事; 保存版!;日本の古写真、タイの古写真
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物欲に負け、、、IXY900ISを買いました。

今回は、はっきりいって、物欲の見せびらかしです。

カシオのQV-10から始まって、今まで何台のデジカメを買ってきたか、、、、それにしては、写真の腕はいつまでたっても、、、



IXY900IS.jpg


Canon IXY900ISを先ほど購入しました。インターネットで税・送料込み32700円です。実家に送付してもらい、来週日本に一時帰国した際に受け取ってきます。

このカメラは、子供の撮影用に購入しました。
ポイントは、次の2点です・

・28mmのワイド撮影可
 →通常のカメラは35mm程度。つまり部屋の中などで広い範囲を撮影可能
・荷物にならないよう適度に小さいが、画質はそこそこ良い
 →超小型系は画質は、う~ん。というカメラが多い

嫁ハンが持ち歩くデジカメになりそうです。





ちなみに、我が家の他のデジカメは次の2つです。

PSA710IS.jpg

Canon PowerShot A710IS

・単三電池駆動可
 →どこでも使用可。予備用乾電池を持っていれば電池切れの心配なし
・このクラスにしてはそこそこの画質
 →超小型のカメラよりははるかに高画質
・高感度、手ぶれ補正、6倍ズームと汎用的に使うポイントは押さえている

そんなわけで、仕事・プライベートと現在最も使っているカメラです



EOS300D.jpg

Canon EOS Kiss D

ご存じキヤノンの大ヒットした普及型一眼レフ。タイで購入。タイでの呼び名はは「EOS 300D」。アメリカでは、「EOS Rebel(反逆者)」国によって名前の付け方が違うのがオモシロイ。

・やっぱり、コンパクトカメラとは画質が全く違います。
  でも、手軽に持ち運ぶには、ちょっと大きい。

横浜市役所移転

横浜市庁舎移転先が、北仲通南地区が有力のようです。

JR桜木町の駅前のクロスゲートから大岡川を渡ったところ、アイランドタワーとの間です。

地図

情報ソースは、 みなとみらい線 周辺散歩日記  ですが、そのまたソースは建築新聞 という新聞のようです。

JR桜木町とみなとみらい線馬車道駅の間の交通便理な場所かつ大正・昭和の雰囲気を色濃く残す場所です。

個人的には、感情論ですが市役所が交通便利な場所にある必要性はないと思ったりもするのですが(北仲通北地区再開発と市役所移転と「県庁の星」 )、一方で大岡川との水際を活用した新たなランドマークとなるような建築物となるのを期待したいと思います。

ここは、野毛地区とも近いので野毛と一体となった再生・開発がされることを期待したいと思います。

情報の貧困

1980年代の後半にタイの地方(スコタイ)で1人で住んでいたときは、とにかく情報に飢えていました。
日本語の情報なんて手に入りませんし、英字新聞に時折小さく載るプロ野球や大相撲のニュースを読むのが楽しみでした。
(勝った負けたくらいしか載っていないので、筆者でも読めました)

月に1回送られてくる 月刊新聞ダイジェスト を読みふけったものです。 

本当に当時は情報に飢えていました。

自分はいまバンコクで生活の拠点があります。
バンコクでは、NHK・CNN・StarTVをはじめ世界中の番組が見れるケーブルテレビTrueVision 注1で見れます。

読売新聞衛星版 や 日経新聞国際版 はバンコクで印刷されて毎朝配達されます。
以前東北タイのナコンラチャシマ(コラート)で住んでいたときも、朝8時には、バンコクから250kmの距離をへて朝8時(日本時間1時)には読売新聞が配達されていました。

日本や欧米の書籍は紀伊國屋 他日本の本屋で買えますし、わざわざ本屋に行かなくともAmazon.co.jp からインターネットで注文すれば、数日後には手に入ります。

そもそも、インターネットで、ありとあらゆる情報が手に入ります。
インターネットの速度が遅いとか、トラブルが多いとか 贅沢を言えばキリはありませんが、まあ十分満足できるレベルです。

何が言いたいかといえば、ここバンコクで暮らす上で「日本の情報に飢える」ことは全くないということです。


家族のことやいろいろな事情をのぞけば、自分的には世界中のどこでも暮らせると思います。条件は、「インターネットが使えること」ではないかと思います。

生活条件が厳しいとか、そんなことよりも「情報がないことの苦しさ」の方が耐えられないと考える人は、案外多いのではないでしょうか。


何を書きたいのかといえば、

「『情報の貧困』におかれている人たちが世の中には大勢いる」ということ。そして、情報の貧困は人間社会にとってかなり決定的な課題ではないかということです。

この「情報の貧困」については、簡単には書けませんので、このブログで少しずつ書いていきますが、「情報の貧困」とは、「情報が手にはいらない」という問題だけではありません。情報が手に入っても、読めない、理解できない、活用できないこともあります。
また、ちょっと極端な例になりますが、「知らなかったら幸せだった 注2」こともあります。

とりあえず、「情報があるのに読めない」ということについて。



スイマセン、続きは、、、元気があれば後ほど。
元気がなければ明日に。







注1;もともとケーブルTV会社のTVが、香港のテレコムアジア系の総合通信会社のTrueに最近買収されて、True Visonとなりました。さらには(10年ほど前は)確かIBCなどという独立系会社でした。
(うろ覚えの記憶を元に書いているのので、間違っていたらゴメンなさい)

注2;「知らない方が幸せか?」は村の開発に携わる人は誰もが1度は考えたことがある疑問でしょう。 また、一方で、考えても考えても答えは出ないので、とりあえずあまり気にしないようにしているのだと思います。この課題についても、追って書いていきます。

村での生活と机上の空論

引き続き、takaさんのコメントです。

文字にすると挑戦的な言葉に見えてしまうのですが...

■"参加すること"あるいは"参加してもらうこと"だけで、何とかなると思いこんでいませんか?

上記の質問をする背景を説明すると:
会社で、担当者だけでは解決できない大きな課題が生じた場合、関係者を集めて会議を開きます。 ところが、大きな課題を解決した経験が少ない人の中には、「会議を開いて人を集めるだけでなとなる」と早合点してしまう人がいます。 或いは「会議で課題を共有することで、責任が分散し、負担が軽くなる」ということだけで、課題がうまく解決しなくても満足する人もいます。 困ったもんですね。

そういう経験があるので、さくらぎちょうさんが、あまり具体的な方法論や例の説明をせずに、「エンパワーメント」の考え方、理念を力説すればするほど、私は、逆に、「当事者の主体的参加」だけで何とかなると主張しているように思えてしまいます。 恐らくは私の誤解で、かつ、杞憂だと思います。 が、そのように解釈してしまえる余地、リスクがあることを説明した方が良いかと考えた次第です。

正直に言うと、
ずーと、「理論」の話が先行して「実行面」の話を聞けないことに
違和感を感じている次第です。
参加してもらった上でどう推進するかを具体的に教えてくさい。



うんうん、と肯きながら読みました。
takaさんの主張としては、やくざ的に言えば、

「グタグタ言わずに実証してみろ!」

ということですね。

200%同感です。

実は知り合いでタイのNGOで5年間活動した人がいます。

それだけの人なら、いくらでもいます。

その人は、タイのローカルNGOで、タイの村にはいって、村の人と一緒に生活し、一緒に考え、一緒に悩んだ!
その経験を5年間行ったのです。

その成果を客観的に問えば、「村で生活したの? 大変だったね。 それで村の生活が向上した客観的指標はどうなの?」となるでしょう。

実はその人に客観的指標を問うても何もでて来ないのです。

しかし、筆者的には、「5年間の村での生活」はとてつもない成果だと思うのです。それが、村の開発での基本です。アカデミックな調査もワークショップも所詮は、村で生活できないからやむ得ずするだけのことなのです。
それが、表面的にアカデミックを学んで来た人は、「アカデミックな調査が重要で、ただ単に村で生活することは重要でない」などと勘違いしてしまいます。さらに悪いことに、そのような高学歴の人は指導的立場に立ちやすい傾向にもあることなのです。

以前タイの官僚と話をしていたとき、「開発にかかる官僚はもっと村で生活体験をして村人の気持ちを体で感じることが重要」と言ったとき、「開発にかかる官僚は、大学院で村での調査をしているから村のことは知っている」と自信たっぷりに返されてうろたえたことがあります。

takaさんの危惧と共通する部分はありませんか?


「エンパワーメントアプローチが社会を変える」というのは、今まで野経験を通じた筆者の確信です。
但し、まだまだエンパワーメントは新しい考え方で、それを客観的に実証した具体例は限られるのが現状です。
注目を浴びている考え方ではありますが、主流とはいえないとは思います。だからといって、「実証された具体例が少ない」=「机上の空論」とは言えないと思います。

エンパワーメントに関しては、これからもこのブログで可能な限り具体的に書いて行きたいと思います。















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