ジェンダは儲かる?

このところ個人的理由でバタバタと日本との間を行き来しています。そのためブログの更新も遅れ気味ですが、無理せずポチポチやっていきます。来月には通算20000アクセスも達成しそうです。うれしいなあ。

「ジェンダ主流化(ジェンダ メインストリーミング)」とは開発援助関係者にとって「当たり前の当たり前」です。
村で「男は酒を飲んで博打をしているだけ」「女性は真面目で働き者」「女性は子供を育てる」「女性は社会参加が遅れている」ことから、村の開発において「女性」にフォーカスしましょう、、、、という発想があります。これはWID(Wemen in Development)と呼ばれます。
そのような開発における女性へのフォーカスだけでなく、社会・コミュニティ開発のあらゆる局面で性差による視点の差を反映させ、より効果的な開発を行うために女性(厳密にいえば両性)の視点を反映させていくことを「ジェンダ主流化」と呼んでいます。

荒っぽく言えば、「生理用品の開発を男性が行う」のが男性社会。「生理用品の開発に女性がかかわる」というのが「WID」。「生理用品だけでなく、ひげ剃りクリームの開発にも女性がかかわる」のが「ジェンダ主流化」です。ひげ剃りクリームを使うのは男性ですが、それを購入するのは主婦だったりするため、女性がかかわることにより売上げが伸びたりする、、、、そんなことです。
(いい加減な例えだけど、あっているのかなあ)

筆者などは、開発援助において「WID」も「ジェンダ主流化」も激しく同意するのですが、一方で女性の権利に対してヒステリックにラジカルな人もいるわけで、そのような発言に対しては引いてしまったりします。


前置きが長くなりました。今日は筆者が参加している某メーリングリストでのジェンダに関する話題です。結構激しく意見交換がなされていますが、信頼関係のあるメンバーですので、別にケンカしているわけでありません。オモシロイので引用します。



Kさん;
今日(イスラム圏である)事務所スタッフの面接をしました。
残念ながら、CVは一見立派だけど実際に面接し、翻訳・文書作成テストをやってみるとボロボロ(>_<)の者が多くて・・・。結局使えそうなのは男性1、女性1の感じです、総合点では女性の方が抜きん出ているのですが、保守的なイスラム社会での外部折衝などで支障がどの程度出るのか? ちょっと悩みどころです。


Qさん;
ジェンダーメインストリーミングを推進する立場としては、能力がほぼ同じならば、是非とも女性の採用をお願いいたします。
イスラム圏で女性が重要な仕事を得るのは名誉なことです。他の女性の励みにもなります。折衝面で大変なことはあると思いますが、事務所がバックにある以上、それこそ普段男性に対して日常いえない発言ができるというものです。現場からの、女性への支援と活用は重大な意義があります。彼女がやる気があるのでしたら、宜しくお願いしますね。


Dさん;
Kさんの雇用の悩みに対してQさまの反応はあるだろうなと予想できる流れでしたね。確かに社会状況を抜きにして個人の能力を優先して選別するのが当然の方向性だと思います。ただ、能力と考えた場合、筆記試験ができることがイコール能力とは言えないと思うので、ジェンダーのみならずKさんの培った人を見る目で公平に雇用にいたると良いなあと思いました。Qさまにはあとでお叱りを受けるかもしれませんが、Q様だけの押しでは逆に不公平になりかねないと思うのであえてもうしあげます。


Sさん;
Qさんには叱られそうですが、、、、
こちらでは今まで延べ20人以上雇いましたが、
「『優秀さ』で選考すると、女性ばかりになってしまいます」
男性の応募があると、優先的に男性を採用を検討してしまう私はなんなのでしょう?
そうしないと、女性ばかりの職場になってしまいます。


Kさん;
成績だけで採ると女性の比重が高まるのは万国共通の傾向のような気がしますね。男性の自分がそうそうに白旗を揚げるのは残念ですが・・・(-_-;) 
他方、仕事上の戦力としては、知識・技術だけではなく、忍耐力・許容力・想像力・交渉力・体力など職種によって様々な能力・資質の総合力(場合によってはコネも能力の一つかも知れません)で判断されるのは当然だと思っています。職場での男女比も業態によっては重要な要素ですし、それを雇用者として考慮するのは必ずしもジェンダーコードに抵触する訳ではないように思いますがどうでしょうか?(Qさまの反撃がちょっと怖いですが・・・)

その上で、結局、女性を第1交渉先(小さい子供がいるので労働条件(うちの事務所では日常的に残業してもらっています。)その結果によっては見送りも有り得ます)に決めました。
筆記試験だけではなく、口頭試問の受け答えを含めての総合点で判断したつもりです。ジェンダーバイアスも考慮しましたが、他ドナーではむしろ女性スタッフが多いぐらいですので、多分何とかなるのではないかと思っています。

Qさん;
ジェンダーメインストリーミングを推進する立場としては、何が何でも女性というわけではなく、同じ条件なら女性を優先的に採用してください(affirmative action)と提案しているわけです。
それにしても、小さい子どもを抱えての残業とはきつい。ただでさえジェンダー格差のあるイスラム圏のなかで仕事も大変だと思います。大家族で子どもの面倒を見てくれるひとがいるのでしょうか?それとも保育所などの施設がしっかりしているのでしょうか?
ジェンダーメインストリーミングの考えでは、もし、男女が育児の担当をシェアしない社会で、女性が一方的に育児をすることが慣習化している社会では、就労女性をそれなりに配慮することも奨励します。従って、これこれの条件で採用したのだから、残業できないのはおかしいと非難してはいけません。残業する意思があっても、子どもの突然の病気やその他の理由で、残業が難しくなる事態が多々生じると思います。そのときには、雇用者側は、女性労働者の状況を理解し、支援する措置を取るべきだと思います。そのため、生産性は男性と比べて低くなりますが、このような社会的・制度的支援がないと、女性は男性と同様に働くことができません。
ということで、残業の件に関しては、あまり詰めないでくださいね。実際、小さい子どもを抱えて仕事することは精神的にも肉体的にも大変な負担です。是非とも、やさし~い配慮をお願いします。もし、そのような配慮ができないならば、最初から男性を採用すべきかもしれません。と、いうことで、日本では結果的に男性労働者の方が好まれます。北欧のような成熟した社会では、女性への支援体制がかなりできており、また、職場でもそのような雰囲気ができあがっているので、女性も力を発揮できるのではないかと思います。

Yさん;
事務所のスタッフの雇用でメーリングリストが盛り上がっていますね。
やはりイスラム圏のこちらでは日本人を最小限にし現地のリソースを活用するという方針で、プロジェクトスタッフを15人雇っていますが、女性はお掃除おばさんだけです。NGOの女性スタッフがオートバイに乗ってフィールドを回っている姿を見かけますが、まだ多くありません。
以前はイスラム圏では、出身部族がどこであるのか、南か北か、スンニかシーアかなんてことも少々考慮しましたが、最近ではどうなんでしょう。


Sさん;
さすが、Q様 ジェンダの勉強になります。
ところで、ジェンダもそうですが「障害者メインストリーム」がこちらではヒドンアジェンダとなっています。
個人的に思うのですが、障害当事者団体が、「障害者の権利を主張する」→「権利を認めつつ、現実の課題を前に障害者の機会均等が進まない」→「だから、障害者の権利を主張する」のデッドループになっているような気がします。
「障害者メインストリームを行うことによって、『非障害者』にどんなメリットがあるのか」を説明することが障害者メインストリーム化への強烈なインセンティブになると思うのです。
(現実に、非障害者にとって大きなメリットがあります。大多数の人間はそのメリットに気づいていないだけでだと思います)
先日、飲み会でジェンダの大御所(専門家)と同席することがあり、直球で「素朴な疑問なんですけど、『なぜ、ジェンダメインストリームが必要なのですか?』『プロジェクトでジェンダメインストリーム化を行うことによる直接的なメリットは何ですか?と聞いてみました。(ど素人だからできる、怖いモノ知らずの質問です)
「ジェンダの主流化をはかることにより、ニーズを的確に知り、効率的なプロジェクト運営ができます」という『予想された』答えが帰ってき、飲み会の席だったこともありそれ以上尋ねなかったのですが、大阪人的にいえば、
「ジェンダ主流化をすればもっかりまっせ!!(それはないか?)」
とか、
「プロジェクトの成功確率が2倍になりまっせ」
とかそんな答えがあれば、みんな頑張ってジェンダ主流化を図るのになあと思います。

「権利の擁護」だとか「あいまいなメリット」では、
「確かに言うことはわかるがねえ。。。てんてんてん」
「ジェンダ入れとかないと最近プロジェクト通らないしねぇ」
「報告書にジェンダ配慮してます、って一応書きとかないと」
とかいうことになって、「多くのプロジェクトでジェンダ配慮しているはず」が、「実体は何も変わっていない」ことにならないかと思います。

※ちょっと、揚げ足を
『もし、そのような配慮ができないならば、最初から男性を採用すべきかもしれません。と』

障害者主流化とジェンダ主流化が違うのかも知れませんが、
『障害者に配慮ができないなら、最初から非障害者を採用すべきかもしれません』と置き換えると、相当な違和感があります。「困難をいかに回避するか」ではなく「困難にいかに向き合うか」が、エンパワーメントアプローチなので。

今日は、素人ながら真面目に書いてしまいました。
しっかし、子供を持ってジェンダを昔よりずっと考えるようになりました。やっぱり、「体験」って大きいなあと思うこのごろです。


Iさん;
ジェンダー関連の皆さんの対話を楽しみながら伺っています。
私はSさんが最後に書き足した
「今日は、素人ながら真面目に書いてしまいました。
しっかし、子供を持ってジェンダを昔よりずっと考えるようになりました。やっぱり、「体験」って大きいなあと思うこのごろです。」
に共感を覚えます。

命が大切だと思うようになった一番の影響は自分の子供をもったことでしょう。(まだまだ、自覚が足りないと連れ合いから叱られますが)
頭では分かっていたつもりですが、
自分がおしめを替えたり、乳母車を押したりすると
独身時代に見えなかった、世の中の矛盾や不公平がイヤでも目に入ってきます。
また、途上国と言われる国での方が、妊婦や身障者への配慮がなされていて私などは年長者に映るのでしょう、電車などで若者に席を譲られることもしばしば。
私の連れ合いが妊娠中に日本で席を譲ってくれたのは日系ブラジル人の男性でした。
つまり、我々は知らないうちに物事を見聞きしている中で
「もしも、それが自分の子供だったら」
という思考過程を経ています。
共感を呼ぶ関心の高い事柄はプロジェクト化しやすい傾向があるのであれば
「これをやったらこんなに儲かります。」
「おもしろい!」
といったSさんというか大阪人的興味を刺激する餌をぶら下げる
ことは直截的ではあるけれども、分かりやすいなあと思うのです。

「、、、、、すべき。」とか「この問題への回答はこのようにする。」といったマニュアル的な話で正解を求めるようなやり方は、仕事であれば書き残さなければいけないので必要かもしれませんが、実際の人間の生き方とずれを生じさせるような気がします。
もっともっと自然な気持ちでジェンダーが取り扱われるといいのにと
思うのは私一人だけでしょうか?

Dさん;
久々に共通の話題で意見交換がなされ、ジェンダーに関し新たに勉強になることも多々書き込まれており、Sさん風にいえば、「得したなぁ」で、MLと皆さんに感謝です。
当方としては一夜にして心を入れ替えて社会に対して優しい人間になれるほど修行しておりませんので、皆さんのお話を心に留め置き、少しずつでも性根を入れ替えていこうと思います。
硬い言葉だけではなく、Sさんのようにわかりやすい表現がたまにあると助かります。
それと本当にIさんやSさんの体験や考えは同様におもうことがありますね。
特に、途上国の方が当たり前に弱者に優しい場合もあると感じることがありますし、子供のころに感じた見知らぬ人からの温かさを日本ではなく他国で感じることがあります。。

>※ちょっと、揚げ足を
『もし、そのような配慮ができないならば、最初から男性を採用すべきかもしれません。と』
障害者主流化とジェンダ主流化が違うのかも知れませんが、
『障害者に配慮ができないなら、最初から非障害者を採用すべきかもしれません』と置き換えると、相当な違和感があります。「困難をいかに回避するか」ではなく「困難にいかに向き合うか」が、エンパワーメントアプローチなので。
⇒Sさんの違和感はもっともだと思いますし、障害者ではなくて女性でもやはり同様だと思います。たぶんQ様の最大の歩み寄りではなかったのだろうかと想像します。
「何が何でも女性を」と言っていないくても、印象的に思われてしまう場合があります。そのように思われるよりも何歩か退いて女性の雇用に対するイメージの向上を考えたのではないでしょうか。また、Sさんの指摘のようにそのような職場にいて「困難にいかに向き合う」かなのですが、心労を跳ね返すことができる人もいれば、苦しみが多い人もいるでしょうし。


Kさん;
当方のスタッフ採用からジェンダー論議が盛り上がってますが、皆さんの意見・考えは夫々納得(必ずしも賛同とは限りませんが・・・)というか素直に受け入れられるものがあります。皆さん、本当に深い思考・良い感性・優しさを持ってますよねー! 
さて、Qさんの突っ込みですが、もちろん僕としても「残業を絶対条件に雇用する」つもりはありません。ただ、「残業をお願いすることもあるかも知れないし、地方/海外出張もある」ことを再度(面接時も説明しましたが)確認しておく必要があるということです。

理想は業務時間内に集中して仕事を終わらせるのが本来だと思いますが、一層の現地主義と効率化、連携強化と情報共有、透明性・公平性確保、モニタリング・評価の充実等々、業務軽量化と相反する課題を次々を次々と負わされている弱小事務所としては、きれいごとは言ってられません。無駄な作業も結構あるような気がしますが、予算がギリギリ絞り込まれている現状下では、業務の報告・期限は守り、更にその内容の質を上げて行かないといけません。今のスタッフは「時間」ではなく「成果;業務達成」の意識で何とか頑張ってくれていますので、彼女にもその意識は持ってもらいたい。その上で「皆で努力・協力して、出来るだけ効率的に時間内で業務を達成しましょう!」と・・・。

ちょっとシビアすぎるかも知れませんが、僕の判断基準はやはり「どれだけ戦力になるか?」です。その意味では、Qさんには申し訳ありませんが「同じ条件(能力)なら【男性】を取ります」。保守的なイスラム社会では男性の方が諸々優位にあることは事実ですし、だとすればその優位性を活用してもらって結果を出してもらった方が有りがたいので・・・。
他方、開発課題として教育や保健など女性に関わる業務もあり、その場合はこちらのスタッフも女性の方がニーズ把握や活動実施の面でやり易いこともある。
で、あくまで【総合的】に考えて、今回の場合はNGOでの活動経験もあり、面接の応答から「目的意識、業務達成意識」もありそうな彼女の方が戦力になると判断した次第です。

ちなみに、Yさんの指摘について、今のスタッフは出身地域には余りこだわりませんでした。宗派は・・・・なるほどそこまでは意識しませんでしたが、会話でもよく出身地域・部族は話題になりますが、宗派については殆ど聞いたことがありませんので、まあ良いかな・・・と思っています。


Qさん;
>ちょっとシビアすぎるかも知れませんが、僕の判断基準はやはり「どれだけ戦力になるか?」です。その意味では、Qさんには申し訳ありませんが「同じ条件(能力)なら【男性】を取ります」。保守的なイスラム社会では男性の方が諸々優位にあることは事実ですし、だとすればその優位性を活用してもらって結果を出してもらった方が有りがたいので・・・。

この場合の「戦力」って何? Kさんが成果を出すという意味ですか?それは、短期の視点しかないように思えます。女性を採用することで、イスラム社会に与えるかもしれない影響は考慮しないのでしょうか? 敢えて生産性の低い女性を雇用することの意味、他の組織からの評価、そういうことも総合した「戦力」とは考えられないのでしょうかねえ。

残念ながら、Kさんはジェンダー配慮はあまりないのですね。こういう考えの雇用者の場合、ずばり女性を採用しない方が賢明でしょう。採用された女性は気の毒です。

Sさんの素朴な疑問に答えると、ジェンダーメインストリーミング化は明らかに社会にメリットがあります。

>「障害者メインストリームを行うことによって、『非障害者』にどんなメリットがあるのか」を説明することが障害者メインストリーム化への強烈なインセンティブになると思うのです。
(現実に、非障害者にとって大きなメリットがあります。大多数の人間はそのメリットに気づいていないだけでだと思います)

この文章を、障害者を女、非障害者を男に置き換えてください。ジェンダー主流化による男へのメリットははかり知れないものが考えられます。

例えば、毎日働きたくない男も女性の社会進出が増えることにより週休3日、4日も可能となるのです。出張だって、転勤だって、したくない男はいるでしょう。出世しなくていいから、余暇の時間を趣味や自由な時間に使いたいと考える男性は今の日本社会では肩身の狭い思いをしていますが、ジェンダー主流化が進めば、市民権を勝ち取れるのです。育児休暇を利用して子どもと接しながら地域活動をしたり、男性にもいろいろな可能性が広がります。また、家庭でも、母親だけでなく、父親にも同じ頻度で接していたら、子どもの育ち方も変わってくると思います。日本でジェンダー主流化が進めば、絶対男も女も子どもたちも「もうかりまっせ」ということになると思います。

定年退職後、自炊・家事ができず、妻から三行半を突きつめられる男、家の粗大ゴミと課すオヤジ、地域社会に溶け込んでいないため、仕事以外の趣味がないため、長い時間をもてあましてしまうのは圧倒的に男が多いのです。外出する妻の足にまとわりつき、俺も連れて行ってくれと叫ぶ「濡れ落ち葉」現象も多くの定年退職後の親父に見られるそうです。あ~あ惨めな老後だねえ。若いうちから、家事をおぼえ、子どもから評価され(というか認知され)、地域との交流もしっかりやっておけば、それなりに楽しい老後であろうに。熟年離婚で生き生きするのは女性、自殺率が高いのは男性というデータもあるようです。日本の社会は女性に不利であると同時に、男性もある意味で損をしているのですよ。

しかし、先のメールでも述べたように、女性を採用するのなら、それなりの支援が必ず必要です(社会が変わらない以上、雇用者側の配慮がないと女性は安心して働けません)。女性の残業は減らす、託児所サービス、柔軟な勤務体制など女性に配慮した体制を作ることができないならば、現状では、結果的に働く女性の肉体的・精神的な負担を増すことになります。

ジェンダーは差別のすべての形態の第1歩です。人口の半分を占める女性に配慮できない社会ならば、マイノリティーである老人、障害者など他の弱者への配慮はもっと難しい。だから、まず、ジェンダーから、もっとも手をつけやすい差別から格差を解消するという意味で、ジェンダーメインストリーミングを提唱するのです。ジェンダーは男女社会格差にあらず、社会の格差を是正する手段なのです。


Sさん;
熱くなってきましたね。普通ならちょっと引きますが、私は、さらに油を注ごうと思います。(笑)

>例えば、毎日働きたくない男も女性の社会進出が増えることにより週休3日、4日も可能となるのです。出張だって、転勤だって、したくない男はいるでしょう。出世しなくていいから、余暇の時間を趣味や自由な時間に使いたいと考える男性は今の日本社会では肩身の狭い思いをしていますが、ジェンダー主流化が進めば、市民権を勝ち取れるのです。育児休暇を利用して子どもと接しながら地域活動をしたり、男性にもいろいろな可能性が広がります。また、家庭でも、母親だけでなく、父親にも同じ頻度で接していたら、子どもの育ち方も変わってくると思います。日本でジェンダー主流化が進めば、絶対男も女も子どもたちも「もうかりまっせ」ということになると思います。

素晴らしい社会です。 でも、怠け者の私は、「将来にすごく良いことがある」より「目の前に少し良いこと」の方に流されます。
将来すばらしい社会を実現するよりも、今楽になることがハッピーです。
小学校時代に夏休みに遊びほうけて、8月末に宿題に苦しんでいたのは、毎年のことでした。

怠け者の私には(あるいは大阪人の私には)、「いますぐ、もうかりまっせ」と言われないと、ぐっと引き寄せられないのでした、


Kさん;
Qさんの反撃があるだろうとは思っていましたが・・・激しいお怒りを買ってしまったようで(-_-;)
別に喧嘩を売るつもりも、衝突をさけて白旗を揚げるつもりも無いのですが・・・

>この場合の「戦力」って何? Kさんが赴任中に成果を出すという意味ですか?
⇒単純ですが「戦力=そのポストに期待されている仕事が出来る。その能力(能力・技術・資格・性格・コネなど様々な要素の総合力)が高い」ということです。 
当然ですが、今回のクラークには、立ち上がったばかりの事務所の抱える業務課題として、案件形成・情報収集・運営管理、派遣者のロジサポートまで諸々を効率的かつ正確にやって貰いたいと言うことだけです。究極の目的として言えば、協力を更に拡大し、その質を高めたいということに尽きます。それはきっと中期的に続く課題であり短期に達成できるとは思っていませんが、数年先のより良いの拡大のためにやらなくてはならないことは山ほどあります。

>女性を採用することで、イスラム社会に与えるかもしれない影響は考慮しないのでしょうか? 敢えて生産性の低い女性を雇用することの意味、他の組織からの評価、そういうことも総合した「戦力」とは考えられないのでしょうかねえ。
⇒これから教育・保健分野・職業訓練分野を中心に案件形成を進める上で、女性の置かれている状況、更に女性が(女性だから)果たせるかもしれない役割も意識して進めたいと思っていますし、それを進める上で女性スタッフの方がメリット(優位性)があるだろうというのも一つの考慮点としては入っていますし、先のメールにも書いたはずですよね?
但し、「敢えて生産性の低い女性を雇用する」ところまで踏み込んで考慮しているかと言われれば、やっぱり「否」ですね。そもそも、生産性云々は個人の能力と職業(肉体労働の場合などは当てはまるかも知れません)・職場環境などに左右されるもので、性別が決定的な要素ではないと思っています。大事なのは「それぞれの能力・資質(性別による体力・感性なども資質の範疇に入るかも知れませんね)、努力・成果を評価するに当たって、性別というバイアスをかけない(ジェンダーイコール)」では無いでしょうか?更に言えば、仮に「より生産性が高いと思われる候補者がいて、でもそれが男性だから排除する」とすればそれは逆差別になりませんか?
他の組織(ドナー?)の評価については考えていませんし、「単に女性を雇用する」ことで彼らが評価する程単純だとも思っていません。
イスラム社会では今でも女性の外出には基本的に男性(夫・親・兄弟)が付き添います。子供の学校の用事に主に参加するのも、家族を病院に連れて行くのも男性、日常の買い物も、各種料金の支払いも主に男性の役割です。その意味では、日本のように「男は仕事だけ、働いていようが専業主婦であろうが家事・家庭の切り盛りは女性の役割」といった社会とは違い、家庭生活にかかるかなりの部分を男性が担っています。
従って、家族の用事を仕事を休む、遅刻・早退する必要が生じるのは男性も同じことで、男性の方がむしろ頻度が高いのかもしれません。しかも、カーツは噛みますがお酒の付き合いが無く、食に関してはかなり保守的なこの国の人は仕事以外の殆どの時間を家族と過ごしているようです。(書きながら、家庭人としての自分の肩身が益々狭くなり、妻には申し訳なくなってきます(-_-;) 
従って、「女性を採用するのなら」ではなく、スタッフの(労働者の)権利として「家族の事情で休む、遅刻・早退」には寛容であることは当然といえば当然の話で、女性だから特別の支援が必要というのは、日本社会を主に踏まえたステレオタイプ的な発想のように思いますがどうでしょうか?  
使い古されている言葉ですが「差別」と「差異」「区別・役割分担」はそれぞれ違いますよね?
やっぱり喧嘩を売ってますかねぇ?
Qさんの反撃が怖い Kでした

Qさん;
しえ~。Kさんが真面目に返答してきた。メールによる論争は目を刺して疲れるので、ちょっと休戦させてください。次回、皆さんが集合したときに、酒の肴にしましょう。それまでに、武装準備を整えておきます。

でも、Sさん、ジェンダーはたぶん今すぐ収益はないでしょうね。やっぱ、収益がでてくるのは遠い未来なんでしょうか。だからって、今、手をつけるのをやめたら、地球の環境問題と同じで、問題は解決しないし、そのツケは必ずくると思います。

だから、すぐもうからなくても、ジェンダーメインストリーミングできるところからやろうね。とりあえず、身近なところで、家事や育児の分担って、もうやっている? 子供の可愛い笑顔や日々の成長を間近で見れることは、収益の一つでしょ?


Kさん;
僕も先のQさんのメールを見た時は「しえぇぇ~(>_<)!」と思いまsi
た。
僕が気になっているのは、「ジェンダー=差別・抑圧される女性の権利や保護の問題」と言ったステレオタイプ的な発想ではなく「男女の関係性」で語るべきじゃ無いかな? ということです。
昨日のメールに書いたように、一般にイスラム圏の女性は非常に差別・抑圧されているように見えますが、当事者達は必ずしもそうは思っていないケースもあるようです。見方を変えれば女性は手厚く庇護されている、男性は日本などよりも数段女性を大切に扱い家事・育児の役割分担もしている。男女の関係性でみればお互いの異なる社会的位置づけ・役割分担を尊重し合うことで良好な関係性を保っているような気がしないでもありません。
女性は決してマイノリティーではありませんし、家庭内では女性がかなりの威厳と力を持っているとの話もあります。この点は日本でも同様の気がします・・・・

余談ですが、男性が決して覗くことの出来ない女性の世界は結構自由闊達で、女性の集まりは「度派手で露出度の高い衣装と厚化粧はまるで【おかまの集会】のようだそうです。そんな姿で立ち膝でカーツを噛みつつきわどい話を交わす様子は男性には決して見せられない。しかもタバコ・水タバコの煙と強烈な香水の匂いが混じって頭が痛くなる」とのことです。もちろん、男性の集まりでも「カーツ・タバコ・水タバコ、きわどい話」はかなりのものがあるようですが・・・

さて、こっちもジェンダー談義に時間を費やし過ぎました。
休戦申し入れは受け入れましょう・・・ですが、その間の武装準備は休戦違反じゃないですかぁ????


Dさん;
イスラム圏で協力隊をしていた当方としては、一見窮屈な生活を強いられている女性が化粧や女性同士の井戸端会議で楽しく過ごしていることを垣間見てきたのでいろんな見方ができると思っております。なんで(男性の私が)垣間見たかって?イスラムといえど、国や地域、地域の中でも教えを守る強弱があると思います。
私の経験したイスラム圏はかなり緩いもので酒を飲んでも金曜日にごめんなさいをモスクで言えばチャラ、と言えば雰囲気が伝わるでしょうか。


。。。。。と、続きます。




てんてんてん

援助とセブンイレブン


死を招く援助  の続きです。

実は筆者の知り合いの知り合いが、1年ほど前にセブンイレブンの店を始めました。流通大手企業を早期退職してのチャレンジです。
筆者は、その仕組みはよく知らないのですが、フランチャイズ方式で、一定の費用をセブンイレブンに支払って開業するようです。

開業にあたっては、セブンイレブン何千店のノウハウと商圏リサーチのもと、事業として成り立つかを十分検討するそうです。

が、残念ですが、結局収支が折り合わず、1年ほどで閉店することになりました。「フランチャイズが失敗してもセブンイレブン本社は損をしない仕組み」などと悪口を言われますが、信用も含めて考えるとセブンイレブン本社も失敗をしないことを目指してフランチャイズ契約をしているのだと思います。その為のノウハウも相当あるのだと思います。
それでも、失敗するのです。

「リスク」と言ってしまっては身も蓋もありませんが、「事業にはリスクがある」というのは自由主義経済のもとでは自明の事実です。
事業を行うリスクと、成功したときのリターンを考えて、開店するのかどうかを考えるのでしょう。「成功したことしか考えない」人は、事業主として不適格なのは、私でもわかります。


ところで、農村での開発プロジェクトを考えます。
農村での生活を良くするため、収入を増やすため、コミュニティを強化するためにいろいろな開発事業が実施され、それをいろんな援助機関が支援しています。婦人グループでの手工芸プロジェクト、食品加工プロジェクト、乳牛プロジェクト、高付加価値作物転換プロジェクト、小規模灌漑プロジェクトetc... なんらかの、投資を行いリターンを得ようとするプロジェクトです。NGOの人や青年海外協力隊員もそのようなプロジェクトに関わった人は多いと思います。

そのようなプロジェクトを実施する前に、そのプロジェクトの成功のポシビリティを当然検討しますよね。そしてどんなプロジェクトでもリスクがあります。
でも、リスクを本当に真面目に考えている援助関係者ってどのくらいいるのでしょう? 

小規模灌漑プロジェクトを実施して収益が十分あがった成功例が10件ある。だから、その成功事例をもっと広げていこう!

そんな程度の発想でのリスク管理しかしていない人がいませんか?

セブンイレブンは何千件も展開しているのです。何千件もの成功事例があり、また多くの失敗事例のノウハウも蓄積しているのです。
それでも、失敗することがあるのです。

たかだか、10件の成功事例を根拠に「失敗しないことを考えない」なんてことがあれば、無鉄砲にもほどがあります。

農家が年収分のお金を借金して、援助関係者の提案した小規模灌漑プロジェクトを実施したとします。そして、失敗した農家はどうなるでしょう? 失敗する確率はどのくらいあるでしょう?
そこまで含めて検討して、はじめて援助関係者なのです。


そういうと、援助関係者は、失敗する可能性があるから、農家にはお金を求めない。「小規模灌漑プロジェクトに必要なお金はすべて援助機関が調達します。」などというふざけた援助関係者がいます。

確かに、ただで小規模灌漑設備を作ってげたら感謝されるでしょう。失敗しても住民にリスクはありませんので、地獄を見ることもありません。

ただで、あげる! 。。。。 それがまさに、死を招く援助 になる典型的事例です!

死を招く援助

「死を招く援助」ってタイトルの本を昔読んだ気がします。
タイトルのインパクトが印象的ですが、一方で中身は忘れてしまいました。(なんていい加減!)


筆者は、以前メーカーでパソコンの開発をしていたのですが、機械には設計ミスや誤動作がつきものです。昔のパソコンは今と違って電磁波出まくり(今も相当出ていると思うが)なので、パソコンをつけるとテレビやラジオにノイズが入るってあたりまえでした。特に筆者の設計のパソコンはいい加減な性格の筆者のあらわれか、実にひどい物でした。

あるとき羽田空港に納入されたパソコンにより航空無線にノイズがはいることで問題になりました。

「さっさと対応しないと、飛行機が落ちるぞ!」と担当者から脅され、小心者の筆者としては、自分の責任で飛行機が落ちたらどうしようと青くなったものです。

このような例外はあるものの、筆者の担当していたパソコンは主にオフィス向けだったので、人命には関係ない。よって安心していい加減設計をできました。(オイオイ)

ところが、原子力発電所制御コンピュータだとか車載コンピューター(自動車を制御するコンピューター)などは誤作動をすると、すぐ人間の命に直結するのです。小心者の筆者は、自分にはそんなコンピューターは絶対に設計できないと思ったものです。

で、本題です。
援助の世界でも、実は人命に直結することってあるんですよね。

オフコース メイビー  で、次のような事例をあげました。


難民受け入れ地域は土地が豊富なので農業をやりたい難民は土地がもらえる。しかし、雨季到来ですぐにでも種を蒔かなければいけない時期なのに、種がないらしい。
「種は○○団体がくれると言っていたので待っている」だって。
私はこの○○団体をよく知っているので、○○団体はまだ種を入手していないので「○○団体が種をくれなかったらどうするの?」と聞くと、「そしたら農業はできない」って。「農業しなかったらどうやって食べていくの?」と聞くと「援助を待つ」とのこと。
9家庭訪問して全て同じ答え。いやはや、全ては他人任せなのである。



この難民は援助がなければ、(食料不足により)即生命の危機にさらされるのは明白です。
では、なぜそのような事態になってのでしょうか? これだけの情報では確定的なことは言えません。でも、「種をもらえる」「援助をもらえる」ことへの期待があるのは事実でしょう。
なぜ、そのような期待をするのでしょう?
過去に援助をもらった。あるいは他の場所で援助をもらった人がいる。
つまり、過去に援助を行ったことにより、援助に頼る人たちができた可能性があるのです。

これを、「負のインパクト」と呼びます。

生命に危機が迫っているときには食料や医療などの緊急援助が必要ですが、いわばそれは劇薬なのです。副作用(負のインパクト)がありうるのです。

ましてや、生活を良くするための「生活改善プロジェクト」では、「負のインパクト」を十分に配慮した実施を行わないと、まさに「死を招く援助」になりかねません。

でも、この負のインパクトの検討が不十分なまま進められるプロジェクトって多いと思いません?

キャパビルと研修

オフコース メイビー  の続きです。

援助の世界の業界用語?で、「キャパビル」とか「キャパデベ」とか使うことがよくあります。「Capacity Building」とか「Capacity Development」のことで、難しく言えば、この2つは違うそうなのですが、簡単にいえば、要は組織や個人の「能力向上」のこと。

そりゃ、能力向上は必要だなあ! 筆者も能力向上したい。(注1)

注1;盲目的に「能力向上はすばらしい」とは言い切れません。例えば、筆者は能力が無いので「あいつに仕事を頼むと変なことになり、余計後始末が大変だ!」と思われているので、筆者にでもできる簡単な仕事しか回ってきません。下手に筆者が能力向上してしまうと、ややこしい仕事が回ってきて、大好きなスマートフォンいじりをする時間も無くなってしまう危惧があります。


能力向上が必要! という意見に逆らうつもりはありません。
でも、能力といってもいろいろな能力があります。どのような能力向上が必要なのか? どの程度能力向上が必要なのか? なぜ能力向上が必要なのか? の議論がないケースも多く見られるような気がします。

ようは、「キャパビル」っと言っとけば美しい提案書になるだろう程度の発想もあるのではないかと思います。

さらには、「開発」=「能力向上が必要」=「手っ取り早く能力向上」=「研修の実施」 として、「キャパビル=研修」というような開発援助プロジェクトを見ることが多いような気がします。そして、援助関係者も裨益者も研修ばっかりやっている、、、、


そして、村は豊かになったの? サスティナビリティはあるの?

ニーズ調査を村人にしたら、
「研修をして欲しい!」。。。そりゃ、日当・交通費をもらってタダで研修が受けられたら筆者だって受けたい!

研修が終わってアンケートをとったら、
「よかった。また研修をして欲しい!」。。。そりゃ、日当・交通費をもらって研修してあげたら誰だって「良かった」っていうわな!

そして、「ニーズ調査のうえで研修を実施し、受講生から非常に高い評価を得た」という援助側の報告書がまたできるのです。

ディプロマティックな人間になるための道のり 小金の請求  から引用させてもらいます。

曜日の昼に電話が。来週から行う研修で、うちが提供する予算が足りないのでその追加依頼のファックスを私宛に送ったという。
「こちらは文面に書いてあった予算以上は出せないし、アノ予算で充分のはず。もし不足しているのなら、金はそっちで工面して下さい。もしそれが出来ないなら、研修は中止です」と言うといきなり態度が変わって「はい、充分です。送ったファックスは捨ててください」だと。

お金の請求となると土曜日でも動くのである。当たり前か、、、

前回も書いたが、研修、会議と役人を海外出張に連れて行くという活動がメインの機関がある。そしてこれらに出席すると交通費と日当は出る。そしてこれらの活動はキャパシティー・ビルディングとして予算がおりる。こんなことして開発援助とか言っているんだから呆れる。

なので研修とは小金をもらえるチャンスと思ってそれにつけこんでいる役人がいて当たり前。しかしこれじゃ、発展は望めない。しかし、発展を本当に国民が望んでいるのかも謎である。



この記事へのコメント
Posted by さくらぎちょう 2007年06月14日 00:34「キャパビル=研修」って発想が諸悪の根源ではないかなあ。確かに研修で詰め込むと、「あれもこれもやりました」って感じで見かけの実績さえつければいいという国連向きなんでしょうが。。。。(ちょっと、今気が立っていて攻撃的なことを書いていますが、お許しを)
日本的な「丁稚奉公システム」が国際社会で見直される日が来るのか?

個人的には、「エンパワーされた住民が社会を変革する」エンパワーメントアプローチ(政府職員は対象としない)が一押しですが、エンパワーされた住民が社会を変革するには政府の協力が必要なのも事実です。そして、そのためには甘い汁も必要。。。。。ああ、ますます政府職員アレルギーが強くなってくる。

Posted by gambei 2007年06月16日 03:30「キャパビル=研修」って最低ですよ。大体キャパビルという名目でやってくる講師だって海外から呼んでくる場合が多いのでズレていること多いし、、、(それって私の属している機関&姉妹機関のみかしら?)それにしても「甘い汁」って必要なんですかね?甘い汁で惹きつけたとしてもそれこそ金の切れ目は縁の切れ目だと思うのですが、、、
私が怒りを感じるのは予算消化の為にキャパビルと称して豪華ホテルやヨーロッパで研修をする機関があるということです。しかもそれしか活動がないという、、、、

Posted by さくらぎちょう 2007年06月17日 01:24『「甘い汁」って必要なんですかね?甘い汁で惹きつけたとしてもそれこそ金の切れ目は縁の切れ目だと思うのですが、、、』

その通り!! 研修を見かけ上成功させるための甘い汁(=高額な日当や講師謝金etc)は、百害あって一利無し。でも、そのとき一時限りの利用をするために甘い汁を吸わせる(例;住民のエンパワメントを促進するための法律・仕組みを作るための研修)であれば、その時利用すればあとは用無し、で良いのだと思います。気持ち的には嫌ですが。 必要悪だと思うのです。でも、先日現役協力隊員と必要悪について話をしていたら、思いっきり否定されてしまいました。自分も必要悪を語るなんて、汚い大人になったんだなあ、と思いました。

Posted by gambei 2007年06月17日 03:20私はあまり意味のないと思われるプロジェクト申請書を書く時に活動内容にキャパビルと書きます。何をしたらいいのか分からない時に使う便利な言葉です。

私は汚い大人というか、怠け者なオバハンです。

日本って研修に参加するのに参加費用みたいなのってもらいますっけ?

これって一時問題になった、日本の省庁の役人が国連に出向する時の給料2重取りみたいなもんですよね。


オフコース メイビー


ディプロマティックな人間になるための道のり というガンビアでの国際援助ネタのブログがあります。

最初「ガンビア」と聞いたときに、「ザンビア?」「ちがうガンビア!」「だからザンビアでしょ?」「ちがうガンビア!」と無知な自分をさらけ出した気がします。NHK衛星放送さえはいらない、アフリカの国だそうです。

最近の記事で、4泊5日ガ国の旅がありました。

引用します。

難民受け入れ地域は土地が豊富なので農業をやりたい難民は土地がもらえる。しかし、雨季到来ですぐにでも種を蒔かなければいけない時期なのに、種がないらしい。
「種は○○団体がくれると言っていたので待っている」だって。
私はこの○○団体をよく知っているので、○○団体はまだ種を入手していないので「○○団体が種をくれなかったらどうするの?」と聞くと、「そしたら農業はできない」って。「農業しなかったらどうやって食べていくの?」と聞くと「援助を待つ」とのこと。
9家庭訪問して全て同じ答え。いやはや、全ては他人任せなのである。



ありゃりゃあ、でも、開発途上国どこでも良く聞く答えかなあ~。
このくらいでひるんでいたら、援助はできぬ。気を取り直してっと、


そして首都に向かう途中に○○団体の車が向かってきたので引き止めて、「種を難民にあげるの?」と聞くと「オフコース、メイビー」だって。「ちょっと、オフコース・メイビーって全然違う言葉よ!」と返すと苦笑いしていた。苦笑いしている場合かぁっ???

ありゃりゃあああ、
この援助団体のいいかげんさ!
この援助団体の人は、「きっと」ある程度教育を受けて(大卒またはそれに近い)、月給もある程度はもらっているんだろうな。そして、種を配っても、配らなくても、やっぱり月給はもらえるんだろうなあ。


筆者が、「エンパワーメント」「エンパワーメント」と叫ぶ理由がここなのです。こんな、援助団体の開発ワーカーなどに大きな期待などしてはいけないのです。もちろん、開発ワーカーにも立派な人は沢山いると思います。でも、本質的には援助団体の人にとって住民は「他人事」なのです。開発ワーカーの能力育成など考えるまえに住民のエンパワーメントを考えることが重要だという一例だと思います。

エンパワーメントに興味のある人は、左のカテゴリーの「国際協力とエンパワーメント」を読んでくれるとうれしいなあ。


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