タイのジュラシックパーク!


意外に知られていませんが、体長の2メートル以上のオオトカゲがあちこちウジャウジャいる場所がバンコク都心にあります。

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道路をわたるオオトカゲ。結構速い!



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池の中のあちこちにいます。



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オオトカゲに気づかずに散歩する人たち。



場所は、バンコクの中心部、ルンピニー公園です。
夕暮れ時などに、あちこちにいるオオトカゲを見るとちょっとジェラシックパーク気分!


参考記事;

スクンビットからルンピニー公園への遊歩道

子供が大喜び;バンコク市民図書館

東京に原発を!


「東京に原発を!」という本を読んだことがあります。

原子力発電所が安全なのであれば、なぜ原子力発電所が地方に建設されるのか? 東京に建設した方が消費地に近く、効率的ではないか!
との逆説的な本です。

原子力発電所を推進する人には痛いところをついた本だと思います。
いろいろ反論はあるのですが、根本的な反論は誰もできないのでしょう。

筆者は個人的には、原子力発電所に対して、賛成でも反対でもありません。電気無しではもはや生活は成り立たないし、生活だけなら電気料金の値上げはある程度は我慢できても、国際競争力のない電力価格では日本の企業の国際競争力がなくなり、ひいては生活が立ちゆかなくなります。
電力は必要なのですが、現時点で原子力発電以外に有力な発電方式はありません。火力発電は二酸化炭素排出量が多く地球温暖化という深刻な被害が考えられるし。

一方で、原子力発電所への不信感は大きいものがあります。
厳密にいえば電力会社への不信感です。身内への厚遇と消費者不在体質があるような気がしてなりません。そのような会社に原子力というコントロールが非常に難しいものを任せる事への不安といえるかもしれません。

そんなわけで、筆者は原子力発電建設に対して賛成でも反対でもない、厳密にいえば、「建設はやむ得ないが、十分な安全対策が必要」というのが筆者の今の気持ちに一番近いかも。


で、中越沖地震での柏崎刈羽原発はあまりにもひどいと思います。
ひどいというのは2つの理由です。

ひとつは、東京電力のあまりにもお粗末な危機管理体制について、、、、これについては多くマスコミで報道されているのでこれ以上書きません。

で、もう1つはマスコミの報道のひどさです。確かに東京電力の問題はどんどん報道して欲しいのですが、正確な報道や総合的な報道とはかけ離れているような気がします。3日ほど前の読売新聞で、地震で原子力発電所の敷地の歩道が波打っている写真が一面トップでだされました。

あたかも原子力発電所が致命的被害を受けたかのような強烈な写真です。でも、考えてください。歩道の建設にあたり基礎工事をどれほど行っているのでしょう? 非常に簡単な基礎工事しかしていないのは間違いないでしょう。歩道が波打ったことと、発電所の被害とは全く別ものといっていいくらい違うのではないでしょうか?

その他にも、重箱のすみをつつくような記事ばかり毎日でてきます。
何度も書きますが、筆者は一市民として原発の安全には非常に興味があります。でも、歩道が波打ったとか、クレーンが稼働しなくなったとか、そんなことではなく、もっと本質的なところに興味があるのです。
ただ、やみくもな不安を煽るような報道はぜひ止めて欲しいと思います。


昨日書いた記事
「言葉を失い、ほお染めうつむいた」のは誰か?

で、さだまさしが「関白宣言」でバッシングを受けた話を書きました。

「俺より先に寝てはいけない。俺より後に起きてもいけない。飯はうまく作れ。いつもきれいでいろ、、、、」

で、「女性蔑視!」と非難する人は大勢いました。

確かにここだけの字面を見ればそうです。
でも、この関白宣言の歌詞をすべて読んでみてください。
決して「女性蔑視」とは筆者は思いません。
「1人の人間の主張」として十分受け入れられる歌詞です。
(同意するかどうか、共感するかどうかは、別の問題です)

一部分トリミングした新聞記事や社会の風潮に惑わされないようにしたいなあと思います。


PS
学生に正しい株式の知識を教えることを目的として、大学と証券会社が共同で特別講義をしている、とのニュースを見ました。
少なくとも学生のインタビューを見る限りでは、学生は金儲けの手段としてしか株を見ていないようでした。つまり、そこからも「バクチが株式の正体」と筆者は考えています。生きた経済活動を勉強するとかなんとか屁理屈をつけても、結局は株なんてバクチだと筆者は思っています。そんな企業とマスコミに踊らされて株(バクチ)をやる人間にはなりたくないと思っています。
(「バクチ」としてではなく「投資」として株式売買をすることを否定しているわけではないので念のため)




[ 2007/07/27 00:55 ] その他:その他 | TB(0) | CM(0)

「言葉を失い、ほお染めうつむいた」のは誰か?



さだまさしの有名な曲で「親父の一番長い日」というのがあります。
どう有名かといえば、とにかく長い。。。1番から6番まで、合計12分30秒です。

当時の有名な音楽番組「ザ・ベストテン」に「関白宣言」(こちらも6分弱と長い)と「親父の一番長い日」の2曲が同時ランクインしてしまったものだから、さだまさしのために放送時間を延長したこともあります。

さだまさしは、風景を言葉で切り取るのが天才的だと思います。感情は直接的には表現はしないのですが、リアルな風景が人の心にずしんと響きます。

「もうこれまでねと、君はうつむいて、左の頬だけでひっそり笑った」

「指定券」という曲の最初の部分です。ううん!と唸るつかみです。

気取らない普通の言葉が心をわしづかみにするすごい詩が多いと思います。素直に感激します。


で、本題に戻ります。このころのさだまさしは大バッシングにあっていました。理由は「関白宣言」です。

「俺より先に寝てはいけない。俺より後に起きてもいけない。飯はうまく作れ、いつもきれいでいろ、、、、」

で、「女性蔑視!」と非難の嵐がおこりました。あるいは、「ネクラ」「オタク」的非難も相当あったと思います。

その中で、ある新聞だか雑誌だかに、さだまさし非難記事が載りました。
「親父の一番長い日」の一部分ですが、

「親父は、言葉を失い、ほお染めうつむいた」

という歌詞に対して、「ほおを染めうつむく」なんてなんと情けない親父なんだ。さだまさしは関白宣言などと息巻いているが、昔の親父はもっと強かった。さだまさしは何もわかっていない。のような主旨だったと思います。


で、歌詞はどうだったかといえば、


「親父は言葉を失い、ほお染めうつむいた いつのまに綺麗になった娘を見つめた」

なのです。つまり、「言葉を失った」のは親父なのですが、「ほお染めうつむいた」のは娘なのです。

上記の記事はそもそも日本語を間違った切り取りをしたあげく、非難していたわけです。


これは例外ではなく、日本の新聞にはこのようなひどいことが本当に多くあります。


柳沢大臣の発言と久間元防衛大臣の発言

で書いたことも、発言を適当に切り取ったり曲解したりして報道したりしている一例です。大臣の発言を間違って報道するなんて国民を欺く行為で重罪だと思うのですが。



タイのクーデターでもタイの現地と日本の新聞に書かれている事には相当な乖離がありました。

幸い今はインターネットで多様な情報を得られる環境にはあります。
「新聞は全く信用しない」くらいが丁度いい、そんな風に思うこのごろです。

参考;

マスコミの報道の偏り その1

マスコミの報道の偏り その2



[ 2007/07/26 01:41 ] その他:その他 | TB(0) | CM(0)

タイの風俗博物館 House of Museums

タイ人は意外にアンティークが好きです。ちょっと古い家に行けば、古い家具やら小物やらを飾っています。
ただ、惜しくらくは、ガラクタだか骨董品だか区別がつかないこと。
飾っているのだか、ほったらかしにしているのだか理解が不可能なこと、、、、


でも、レストランやPUBでもアンティークを売り物にしているところも沢山あります。 「Dream Cafe」掛け値なし本物のアンティークレストラン もそうです。

そんな中でピカイチなのが、House of Museumsです。
170/17 Moo Klong Po 2,Sala Thammasop Rd. Tawee Wattana,Bangkok
電話 0 2869 6281, 0 1257 4508, 0 9200 2803

バンコクからピングラオを抜けタリンチャンを通りナコンパトムに向かいます。プタモントン サイ2を右側に曲がりサラタマソップ通りに行くと博物館の看板があります。
そして、田園の中の新興住宅街に博物館があります。(地図は下記)

まさに10年から数10年前の風俗を展示しています。当時の家やオモチャ、家電製品から当時のバンコクの様子のビデオまで展示しています。
一見の価値がはあります。


こちらも参考に; 保存版!;日本の古写真、タイの古写真



基本的には、上野の下町風俗資料館( http://www.geocities.jp/hasu58/spot/sitamachi.html )と同じコンセプトです。ただ、タイの方が若干(大いに)ポリシーがぐちゃぐちゃなのは、タイ人気質?

この博物館は、一押しの場所です。 なお、この近くはマハサワット(MAHA SAWAT)運河(チャオプラヤー川とナコンチャイシー川を結ぶ運河)がありバンコクとは思えないのんびりした風景です。HHouse of Museumsに行ったら立ち寄ってまったり癒されるのも乙ではないでしょうか。

ちなみに、この近くでは「マハサワット水上マーケット」の名の下に村おこしをしています。
水上マーケットというには、しょぼいのですが、付近の果樹園を船でまわるツアーは、それはそれで楽しいのでした。
なお、この北側10kmほどには、バンコク近郊オススメ穴場の水上マーケット(のんびり系)  で紹介したラムパヤ水上マーケットもあります。
こちらは、オススメ度、大です。

こちらも参考; バンコク近郊の水上マーケット ベスト5!



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House of Museums外観 あんまり変哲はないのですが、、、



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どこか懐かしいオモチャがタクサン



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タイ人の観光客がタクサン押しかけています。1Fの売店で。



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昔の小学校の再現です。




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こちらは昔の歯医者さん



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ちょっと行きにくい。タクシーで行ったなら待っていてもらう方が良いでしょう。


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近くのマハサワット運河(マハサワット寺院付近)



柳沢大臣の発言と久間元防衛大臣の発言

原爆は「しょうがなかった」か? 久間元防衛相発言の裏側

に関して現役協力隊員からのお叱りのメールです。
失言の多い筆者ですが、またやっちゃった?って気分です。」

犬を躾るとき、悪いことをしたときに「叱る」より「無視する」ことが良いそうです。

筆者も犬並み?で、勝手な言いたい放題を書いて、無視されると辛い物があります。お叱りのメールでも何でも、メールをもらうと嬉しくなります。これに味をしめて、また失言しようかな。


さくらぎちょうさま

「女性は機械」ではなく、「女性は産む機械」というのが、柳沢大臣の「お言葉」です。
両者は明らかに次元の異なる表現だと思います。

明らかに、性としての女性を軽んじており、女性の社会的、文化的役割において、子づくりのみが女性の仕事→「産めよ増やせよ」精神につながる女性軽視的姿勢です。これは、いわゆるジェンダー問題にも関係することではないかと思います。

悲しいのは、厚生労働大臣(更生大臣でもある)ともあろうお方が、人の「生命の神秘」を軽んじる表現をしている点です。少子化→女性は産む機械→子供を大量生産すべし、という循環で、人の命を機械的にとらえようとしています。労働大臣でもあるため、「機械」という言葉がこぼれたのかもしれませんが、、、。

子供を産みたくてもそれが叶わず涙している人もこの世の中にたくさんいらっしゃいます。また家族計画をして子供は何人と決めている家庭もあるでしょう。そして女性たちは一人一人の出産に男には解りえない苦痛を伴って我が子を産みます。つまり一人一人の「人」への尊厳の視点こそが、人として最も大切な視点であろうと思います。この大臣の発言には、そういったことへの配慮がまったく欠如している表現だと思います。

また、日本国憲法は基本的人権の尊重の精神のもと、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない(14条)」と定めており、同時に憲法では個人の思想や表現の自由もうたっています。

この大臣は、基本的に日本国憲法を理解していない(人権軽視)、そして命を軽く扱って個人の尊厳の気持ちが微塵も感じられない(生命倫理軽視)、、、これは失言ではなく、厚生労働大臣として、政治家として、日本人として、人として、男として、、、(まだ言い足りない)、基本的姿勢が欠如しているんだと思います。

この様な人間が、日本の厚生労働大臣として今も尚君臨している事に、私は強烈に恐怖を感じています。

現役隊員



現役隊員さん。主旨には100%同意します。
ただし、筆者の理解は少しだけ異なります。

「女性は機械」ではなく、「女性は産む機械」というのが、柳沢大臣の「お言葉」です。

ということですが、筆者は柳沢大臣が発言したのは、「数字を判りやすく説明しようとして、『例えとして』機械をだした」と理解しています。柳沢大臣が「女性は産む機械」と発言したわけではないと理解しています。

柳沢発言を確認します。

特に、今度我々が考えている2030年ということになりますと、2030年に例えばまあ20歳になる人を考えると、今いくつ、もう7、8歳になってなくてはいけないんですよ。もう生まれちゃってるんですよ。(20)30年のときに20歳で頑張っている人とか、やってくれる人はですね。

そういうようなことで、後は、産む機械って言ってはなんだけども、装置の数がもう決っちゃったということになると、機械って言っちゃ何だけど、機械って言ってごめんなさいね。その産む役目の人が1人あたまで頑張ってもらうしかないんですよ。みなさん、もうね、役人の人からいわれるんですが、2030年には大臣、勝負は決っているんです。こう言われちゃうんです。

で、今どれくらい1人あたまで産んでくれるかというと、それが合計特殊出生率というこむずかしい名前で呼ばれる事実なんですね。今は日本は1.26、去年は1.29だったんです。



つまり、発言の主旨は、「出生者数を増やすには、(女性の数を増やすことはできないので)女性1人当たりの出生者数を増やす必要がある」ことを、判りやすく説明するがために、(全然判りやすくなっていないのが、悲しいが)機械に例えて説明した(=比喩)。 ということです。
決して、「女性は子供を産む機械のようなもの」と発言はしていません。


で、「この発言が適当かどうか?」聞かれたら、それは確かに誰が見ても不適当です。が、一方で柳沢厚生労働大臣が、信念として「女性の説明を機械に例えることが正しい」と思っているかといえば、それはどうもNOです。現に、

「極めて技術的な人口推計の説明をする時に、できるだけわかりやすくしたいという一念で、ついこういう言葉を使用してしまった」
「人口統計の説明をする際、大変不適切な表現をしたということは、これはもう申し訳ないことで、その点についてはお詫びをします」
「私の間違った表現、これは何回謝っても足りない」
と何度も謝っているのです。

いわば、あまり適切でない比喩発言をし、その発言に気づいて謝っているのです。(発言の最中にすでに「マズイ」って気づいているようです。「喩えてごめんなさいね」って発言しているので)
これこそ「失言」であり、何度も謝罪しているにもかかわらず、その失言を責め立てるのは「言葉狩り」と筆者は感じます。

なお、この発言の数日後に、「柳沢厚生労働相また問題発言、子供2人あるのが健全!と発言!」などと新聞に記事が載りました。

子供が何人かが健全なんて、なぜそんな事をこのオッサンに言われなきゃいけないのか、個人的には怒りを覚えました。
ところが、なんとそのような発言も柳沢大臣はしていなかったのです。

「子供が2人欲しい、という健全な要求に応えられるような社会を作らねばならない」というような主旨だったと思います。

新聞の見出しと全然違うヤンけ!!

怒らねばならぬ対象は、柳沢厚生労働大臣ではなく、新聞に対してです。

ひいては、「柳沢大臣は、金融畑、経済畑の人だから、人間を見る必要がある厚生労働大臣に相応しくない」の意見まであります。もう、なりふり構わぬバッシングにしか聞こえません。「その道の専門家しか大臣になれない」と考える方が危険と思います。


と、柳沢厚生労働大臣擁護発言をしてきましたが、筆者は実際はこの大臣を殆ど知りません。
筆者の主旨としては、

「失言はある程度は誰にでもある。過剰に失言を追及することは建設的ではない。むしろ、発言の裏にあるその人の「正体」を見ることが大切」ということです。

筆者は、柳沢大臣の正体を知っているわけではありませんが、上記のように「発言は配慮に欠ける失言」→「謝罪し訂正すればよい」程度にしか感じません。 実際に失言を謝罪して訂正しているわけですので。

ちなみに、久間元防衛大臣は「発言に対して」謝罪も訂正もしていません。(言い訳はしていますが)
さらに、以前には

国家の安全のために個人の命を差し出せなどとは言わない。が、90人の国民を救うために10人の犠牲はやむを得ないとの判断はあり得る。

という発言をしたこともあるようです。
久間元防衛大臣の発言は、「失言」ではなく、「本性がポロッと出た」と考えるしかないと思います。














[ 2007/07/24 00:47 ] その他:その他 | TB(0) | CM(2)