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貧困 その1

貧困とは何でしょう?

自分の知っている限りは、「これが貧困」という共通の理解の定義はないと思います。

「1日1ドル以下で暮らすこと」だとか「必要なカロリーがとれること」だとか、経済的や栄養的な指標で貧困が語られることが多いように思えますが。

それに対して、社会への参加やエンパワーメント、それに外的危機に対する許容性なども貧困の指標に含めて語られたりします。

ただ、結局は絶対的か相対的は別にして「経済的貧困」についての議論がされがちではないかと思います。

しかし、自分は、そういった考え方に疑問を感じています。

つまり、
人間は栄養やカロリーさえあればそれで良いのか?
保健衛生が確保されていればそれで良いのか?
そういう疑問です。

たとえば、日本国憲法で保障されている「健康で文化的な生活」とは、「栄養やカロリーが保証されている」ことですか?
あなたは、「栄養やカロリーが保証されているのみの生活」で耐えられますか?
「栄養やカロリーが保証されているのみの生活」と刑務所とどうちがうのでしょうか?

人間は、考える、夢を持つ、遊ぶ、休む、楽しむ、、、、、それが当たり前ではないですか? それがない状態を自分は「貧困」と呼びます。

「世界には、多くの最低限のカロリーがとれない人が沢山いるのです。多くの飢餓の人がいるのです。多くの病気の脅威に直面している子供がいるのです。
それらに、対応することが緊急であり、さくらぎちょうさんの言うことはきれい事でしょ」

そのように言われそうな気がします。
でも、あえて自分は疑問を呈します。「人間には、カロリーが必要なのと同じように、栄養が必要なのと同じように、保健衛生が必要なのと同じように、情報も、夢も、希望も必要」なのです。

高齢者施設や障害者施設で、カロリーと栄養と保健衛生が保障された状態で入所している人たちは、間違いなく貧困だと思います。

少なくとも、自分がそのような状態なら、人生に絶望するでしょう。人生に絶望さざるをえない状態が貧困でなくてなんなのでしょうか?



おっしゃるとおり

どんな書籍をみても、貧困を単純化していません。人間開発報告書をみても、いろんな指標を使っています。自殺率とか、、、

ただ大きな援助機関側としてはそんな複雑なことをみて対応できないし、1ドルとカロリーの指標が最も理解されやすいので使用しているのだと思います。夢も希望も必要。でもカロリーや栄養が足りなかったら、生きることすらできません。
ちなみに私、夢や希望がありませんが、自分が貧困だと思っていません。不幸ってこともないし、なんざんしょうね。。。
[ 2006/11/10 01:42 ] [ 編集 ]

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