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生き残りゲーム

高校野球の参加校は4000校以上あるそうです。
一回試合をすると、勝者は半分になります。
次に試合をすると、勝者はまた半分です。
そして、最後まで勝ち続けるのはたったの1校だけ。その他の4000校以上は全部敗退(=負けて退場)するわけです。

実社会に視点を移します。
まず生まれた時点で障害を持つ赤ちゃんは生き残り(人生の勝者)ゲームに敗退します。
小学校・中学・大学でどんどん敗退していきます。
途中で、登校拒否になったり、中退したり、犯罪を行ったりしたら、もう完全に人生の勝者ゲームからの敗退です。
大学を出ても、就職できずにニートになれば、もうちゃんとした会社の正社員になれない。
仕事で失敗すればもう生き残りゲーム敗退。病気になる、事故にあう、家族の事情、、、、、敗退する可能性はいくらでもあります。

4000校のうち敗退しない高校が1校しかないように、人生の生き残りゲームで敗退しない人はほんの一握りです。

で、敗退した人は、つまらない人間なのでしょうか?

敗者は、勝者をもり立てるだけの存在でしょうか?

敗者は、「勝者でなくても、敗者であっても人間としての充実した生活ができる。」「勝者となるのが人間の秤ではない」そんな社会の方がずっと望ましいと思いませんか?

海外援助では、貧困住民、障害者、そういった、いわば「敗者」に注目をしています。
「敗者を勝者にする」そんなことが海外援助の目的ではなく、「敗者でも素晴らしい生活がおくれる」ような、そんな海外援助がすばらいいのではないかと思います。

それが、日本の敗者が人間らしく生きる方法の答えにもなるのではないでしょうか?

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