まず カロリーが必要か? その3

まず、カロリーが必要か? その2 に京王線さんがコメントをしてくれました。

状況によってニーズが異なるというより、色んなニーズの中での優先順位と経済効率性でプロジェクトが行われるような気がします。生きがいは生きていく上で必要かもしれないけど、それはプロジェクトで与えられるものかどうか。与えられたとしてもごく一部になるのでは?
何が言いたいかといえば、多くの開発機関は生きていくための最低限の環境(カロリーとか)は整えるけれど、後は自分で開拓してくれというスタンスなんだと思います。但し、例に挙げておられる仮説住宅などでは、人々が交流しやすい設計にするとかは必要と思います。
しかし、ここまで書いて気がついたことが一つ。
結局最低限のところを整える仕事しかしていないから、人間を数としか見ず、評価も%で見てしまうんですよね。
だから私の仕事ってツマンナイんだと再確認しました。


そのとおりだと思います。援助においても透明性・効率性・経済性の視点が必要で、その結果、「いきがい」などというものは、「個人で解決すべきもの」とされるのが現状だと思います。

ただし、その結果、栄養・基礎教育・保健衛生などBHN(Basic Human Needs)をいかに効率的に満たすのか。それを「人間を数としか見ず、評価も%で見てしまう」こととなりがちなのですね。

自分は、栄養・基礎教育・保険衛生などの視点よりも、「人間らしく」の視点が最重要だと信じています。(それが、「エンパワーメントおたく」と自称している理由です)

話は変わりますが、昔工場ではベルトコンベアで工業製品を組み立てていました。ベルトコンベアの速度をいかにあげるかが、効率性だったのです。鎌田慧の自動車絶望工場にあるように、それが「絶望」をよんだのです。それに対してセル方式とは、一人あるいはグループにまとまった工程の仕事をする方式です。一見非効率に見えるこの方式が、結局人間のやる気を引き起こして、ベルトコンベアより効率が良くなった、、、、いかに、人のやる気が重要かの例ではないかと思います。

あるいは、スポーツでは、サッカーで横浜マリノスと横浜フリューゲルスが合併した、野球では近鉄バッファローズとオリックスブルーウェーブが合併した。その結果、強くなったかどうか? 自分は、廃止が決まった横浜フリューゲルスが突然強くなったことが強く印象に残っています。

絶望している人間に、いくら栄養・基礎教育・保健衛生と叫んでもあまり意味がないと思うのです。いかに絶望を取り除くのか、いかに希望を持たせるのかが援助の鍵であり、そのためにはマクロで考える以上に個々の人間にフォーカスをあてなければならないと自分は考えます。

「あたりまえのこと」と思われるかもしれませんが、「多くの開発機関は生きていくための最低限の環境(カロリーとか)は整えるけれど、後は自分で開拓してくれというスタンスなんだと思います。」となると、結局数字ではプロジェクトは成功した。でも、そのプロジェクトが成功なのかと思います。

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