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車椅子が通れないバリアフリー遊歩道;沖縄 首里城

最近出張がちで、なかなか時間がとれずコネタでしのいでいますが。

そんな時に、コネタを見かねたのか、現役の青年海外協力隊員からメッセージをもらいました。
今日はこのメッセージでしのぎます。どうもありがとう。



さくらぎちょう

ふだん私はどちらかというと「突っ込み」役ではなく、「ボケ」役に徹しているのですが、、、スクロールして2枚目の写真が出て来たとき、さすがに私も「オーイ!」って突っ込んでしまいました。そしてさくらぎちょうさんのこういう編集スタイル、とても好きです。
空港以外でも、こういう感じの見かけた憶えがあります。空港だけに、スロープで助走を付けて、そのまま「飛んで行け~い!」って感じ?お決まりのタイらしさかと思います。車椅子使用者のみならず、健常者でも、スーツケース転がしながらそのままおっとっと!慣れた子供なんかは階段を歩いて降りずに踊り場まで飛び降りるんじゃないでしょうか?
物は考え様で、このスタイルをpositiveに受け止めれば、空港では「気を抜いてはいけないぞ」ってことにしておきましょう。
*あんまり関係無いですが、バンコクの大手デパートでよく見かけますが、エスカレーターを使う時、どうして毎階毎階、半周しなければいけないのか?個人的には、あれ何気なく疲れるんですよね。商業的には、半周歩かせることで商品に目配せさせて足を止めさせようという魂胆なのでしょうが、使う方としては、非合理的と言わざるを得ないです(あくまで私見)。

現役隊員より


ボケ役だったのですね、筆者もボケ役です。でも、筆者の方は「ボケボケしている」が正しい表現です。
筆者の子供のこと、「バホ!」という言葉がありました多分、「バカなアホ」の略ではないかと思いますが、相当ローカルな造語ではないかと思います。決して喧嘩言葉ではなく、かなり親しみを込めて使っていたと思いますが、自分が言うより、言われるほうが圧倒的に多かったことからも、自分がボケ役打ち消し文 ボケボケしていることがわかります。
(ところで、ダイトクガイ(=すごく得をする)という言葉も子供のころ使っていましたが、、、、「そんな言葉は使ったことがない」という人ばかりです。「大損害」の「損」を「得」に変えただけの明らかに間違った言葉との意見をいう人がいましたが、頭の中では「なるほど!」と思いつつ、子供のころに使ったことばを否定されるのは抵抗があります。)

と、いつもどおり、どんどん話しがずれていきますが、、、、、

筆者個人的には、何がなんでも、すべての施設をバリアフリー(注)にすべきだとは思っていません。(あくまで、個人的な考えです)
極端な話し、「都市の公園」をバリアフリーにすることはありえても、自然(国立公園など)全部をバリアフリーかすることはできません。

20070217201633.jpg


たとえば、この写真は沖縄の首里城のとある部分です。バリアフリーの散策路が途中から段差となり、写真では読みにくいと思いますが「車椅子は戻ってください」との意味の表示があります。

この部分は歴史的遺産であり、「バリアフリー対応」と「歴史的文化財の保存」とをいろいろ検討した結果、この場所は「残念ながら車椅子は戻って回り道をしてください」になったのではないかと推測しています。(違ったら教えてください)

「この公園が車椅子対応されていない」というわけではなく、首里城・ご利用案内・バリアフリー対応について にあるように、相当配慮がなされていることからの推測です。


バリアフリーを考えるうえで、一番大切なのはソフトの問題であり、それに問題があると、いくらハードを整備しても 恐怖のスロープバンコク・スワンナプーム空港  のようなことが起こりうるのではないかと思います。

では、ソフトの問題を改善するにはどうすればよいか?

多分、筆者のブログを読んでくれている人は想像できると思いますが、「当事者の参加型」で物事を決定していくことです。

そのような声を聞かずに「バリアフリーに関する法律に基づきました」「バリアフリーガイドラインに沿いました」では、なんども書きますが、恐怖のスロープバンコク・スワンナプーム空港  がおこりえるし、さらには東横インのようなガイドラインすら不正に守らないということがおこりえるのだと思います。


あたりまえじゃないかって?

そうです。でも、たとえば、駅前の再開発事業を行おうと思えば「地権者」「市民」などの参加型で進めていきますよね。

でも、バリアフリーが必要な人は、障害者、高齢者、小さな子供(とその家族など)社会の中で弱者に位置づける人です。
逆に「地権者」は比較的力が強いひとですね。

力が強い人は参加型のアプローチができ、力が弱い人は参加型のアプローチができない社会は、成熟していない社会ともいえます。
力が弱い人の参加型ののひとつのバロメーターではないかと思っています。




注;バリアフリーとは、「物理的なバリアフリー」以外に「情報のバリア」「制度のバリア」など多くのバリアがありますが、ここでは物理的なバリアについてのみ書いています。

センスはどうやって磨くの?

恐怖のスロープのような設計をしないための常識というかセンスを、私のような一庶民が身につけて、磨いていくにはどうすれば良いのでしょうね。

自宅を除いては、建築物を設計に参加したことが無く、バリヤフリー and/or ユニバーサルデザインのことをちゃんと勉強してないのでよく分かっていません。 さくらぎちょうさんの指摘を見てなるほどと思う一方で、私自身がその場にいても気づくことができなかったんじゃないかと想像すると、ゾっとします。

バリアフリーが必要な障害者、高齢者、小さな子供(とその家族など)等の方々が設計のプロセスに参加する仕組みを作るべきだとは思うのですが、同時に、社会的弱者では無い人が、常識として身につけておくことも大切だと思うのです。

学校の授業で基本的なことを教えたり、もっと勉強したい生徒への情報源を提供したりするのも良いのではないでしょうかね?

いやいや、ちょっと問題をすり替えたかも知れません。 私だけが鈍感で、他のフツーの人なら簡単に気づくということなら、私がセンス磨けば良いだけなので、大した問題は無いですね。(^^ゞ
[ 2007/02/18 06:03 ] [ 編集 ]

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