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良い家を建てるための秘訣

takaさんのコメントです。

なんだか、示し合わせたかのように、自分の書きたいことに誘い水となるコメントをいただきました。

センスはどうやって磨くの?

恐怖のスロープのような設計をしないための常識というかセンスを、私のような一庶民が身につけて、磨いていくにはどうすれば良いのでしょうね。

自宅を除いては、建築物を設計に参加したことが無く、バリヤフリー and/or ユニバーサルデザインのことをちゃんと勉強してないのでよく分かっていません。 さくらぎちょうさんの指摘を見てなるほどと思う一方で、私自身がその場にいても気づくことができなかったんじゃないかと想像すると、ゾっとします。



まさにこの点です、自分が強調したいのは!

「・建築の設計やバリアフリーはわからない
→プロに任せばきちんとした仕事をしてもらえる」

これが、開発途上国協力における自分の中で最大の『疑問』です。
(途上国でなくてもいえるかもしれません)

自分の考える結論から書けば『プロになんか任せてはいけない』のです。

じゃあ、どうするか、、、、明確です。
利用者が設計するのです。プロを活用して。」

私は残念ながらtakaさんのように自分で自分の住む家を建てたことはありませんが、利用者側団体の担当者として建物の建設に携わったことが2回あります。その経験でも、移動の動線や使い勝手、電気のスイッチの位置、扉の開閉方法、LANコンセントの位置、、、、そんなものは素人が考えるより、プロが豊富な経験から設計して、素人のユーザーは確認だけすれば良いと思っていました。プロが考えるより『自分で細かく考えた方があきらかに合理的』であることに気がついたのです。

(構造設計などは全く手が出ませんでしたが、マンションの偽造問題などがあきらかになった今日、自分で家を建てるのであれば構造面も確認したい気分です)


考えればあたりまえです。
ユーザーサイドにとっては、まさに自分の利用する建物の使い勝手です。コスト(自分の人件費)度外視でいろいろ細かいところまで本気で考えます。まさに、自分が利害関係者なのです。

学生のときに居眠りばかりしていた筆者でも、自分の利害にかかわるので必死に勉強します。


でも、「プロ」とは「技術を持っている人」であると同時に「お金をとる(利益をあげる)人」でもあるのです。すなわち、あまり人件費をかけずに利益を上げられれば、それがプロにとてベストなのです。人によって多少の取り組みの姿勢があるのだと思いますが、基本的には「ユーザーにとって良いものにする」のと「プロにとってよい(=利益があがる)」というのは相反しがちなのです。

結局、良い建物を建てることができるかどうかは「ユーザーにかかっている」のだと思います。ユーザーがどうプロを活用するのかにです。


自分で家は建てたことはありませんが、中古住宅のリフォームはしたことがあります。といっても、床を張り替えて、壁紙を張り替える、、、それだけのことです。床といっても、無垢材にするのか、無垢材であればティークにするのかメープルにするのか、、、それとも合板にするのか? 合板でもどの会社の合板がいいのか? それともCF(クッションフロア)にするのか? いろいろな選択肢があります。

リフォーム会社は、「無垢材は暴れるから止めといたほうがいいですよ」とか「合板は傷がついたときに修理がしにくいですよ」とか、「CFは水に強く安いが見かけはチープです。」とかそんな程度は教えてくれますが、じゃあ自分にとってどうするのが本当に一番いいのかは、自分ほど真剣には考えてくれません。

自分の家になると、材質毎の特徴だとか、板の張り方による特徴だとか、メンテナンスの方法だとか、、、いろいろな角度から真剣に検討して最終決定しました。そのエネルギーを費用に換算すると結構な金額ではないかと思います。

そのため、満足する結果になりましたが。
(takaさんは、自分で家を建てたと思いますが、どうでしたか?)

このように『自分のことになると真剣になる』これが普通です。
それであれば、「一番真剣になる」人がやるのが一番良い方法だと思っています。

バリアフリーデザインの施設・建物も同様です。

利用者(=バリアフリーが必要とする人)が作ることが必要なのです。
決して、バリアフリーの専門家が作るのではありません。

ちなみに、筆者の直接関わる海外援助でも、なにかプロジェクトを行う際に利用者(=住民)が主役なのです。決して、相手国政府や専門家やましてやドナーが主役ではないのです。

農業開発プロジェクトを行うのであれば『農民』が主役であり、農業専門家や農業普及員が主役ではない。

母子保健プロジェクトであれば、子供とその家族が主役であり、保健婦や病院は主役でない。

医療プロジェクトであれば、患者が主役であり、医者や看護婦は主役でない。

教育プロジェクトであれば、学生が主役であり、先生や教育委員会は主役ではない。

そう信じています。これは、「タテマエ」ではなく、よいプロジェクトにするためには「そうでなければならない」のだと思っています。

一番悪いのは「自分は素人なのでわからない。専門家に任せておけば安心」、、、そのような考え方です。そのような考え方が、恐怖のスロープバンコク・スワンナプーム空港 を生むのではないでしょうか。


大分熱くなってしまいました。

takaさんの経験から考えてどう考えますか?

バリアフリーが必要な障害者、高齢者、小さな子供(とその家族など)等の方々が設計のプロセスに参加する仕組みを作るべきだとは思うのですが、同時に、社会的弱者では無い人が、常識として身につけておくことも大切だと思うのです。

学校の授業で基本的なことを教えたり、もっと勉強したい生徒への情報源を提供したりするのも良いのではないでしょうかね?



この部分に関しても、いろいろ思うことがありますが、一旦頭を冷やして続きを書きます。

どうやって協調し、サポートするか「も」考えたい

何だか、さくらぎちょうさんのツボにはまったようで、早くコメントを書かないと、どんどん記事を書かれてしまい置いてきぼりを食らいそうな雰囲気なので書きます。考えand/or文章が練られて無くて、ツッコミどころが多いかも知れません。どんどん突っ込んでください ;-)

>利用者(=バリアフリーが必要とする人)が作ることが必要なのです。
>決して、バリアフリーの専門家が作るのではありません。

この意見には、基本的には賛成です 8^)


ただし、私が気にしている点、或いは、分かっていない点は、「利用者が設計プロセスに具体的にどのように参加するか」と「利用者ではない(=社会的弱者ではない人)が、どうやって協調し、それをサポートするか」という点です。


私は建築設計事務所の方のお願いして家を設計してもらったので、いわゆるハウスメーカーで家を建てた方と比べて特殊ケースなのかも知れませんが... 家を建てた経験を踏まえると主として3つの点が気がかりです。

■エネルギーが必要

自宅を建築するのに、施主の私たち側にも相当なエネルギーが必要でした。
・自分たちの要求を具体化するために、充分な事前調査が必要であったこと
・設計者と対話するため、提案されたこと実際に確かめる必要があったこと
・物理的、経済的制約から、たくさん苦しい選択を迫られたこと

設計士は、住む側の気持ちを分かっているようで、分かっていません。 そういう意味では、さくらぎちょうさんの主張する「利用する側が設計プロセスに参加する」は絶対に必要な条件です。

しかし、我々、住む側も、実は自分たちの要求を分かっているようで、分かっていませんし、具体化できていません。 そこを具体化するのに相当なエネルギーを必要としますし、要求者側である私たちの「素人の限界」も感じます(ました)。

なので、
利用者(=バリアフリーが必要とする人)が設計のプロセスに参加する仕組みを作るのと同時に、「利用者をサポートする設計のプロ側の育成や、利用者との信頼関係の構築が欠かせない」と思う訳です。


■ノウハウの蓄積

私たちが家を設計していた2001年ごろは、日本ではInternetで個人が情報発信することが多くなかったため、施主である個々の人の経験、ノウハウ、失敗談を収集することが簡単ではありませんでした。 本や雑誌を読んだり、niftyの掲示板を参考にしましたが、充分ではありません。

Blog等を使って利用者側が積極的に情報を発信するようになった最近の日本でも、体系立てて設計を依頼する側の視点で情報が整理出来ているかというと、まだまだではないかと思います。 私も人のお役に立てるかと思って、Blogでいくつかの記事を書きましたが、あまり整理できたものではありません。

情報リテラシーという面で比較的恵まれていて、かつ、一般的にはバリアフリーを必要としないケースでさえ、ノウハウ蓄積という面で充分ではない状況です。 

このことからすると、どこかにバリアフリーを必要とする人のための情報、ノウハウを蓄積する仕組みを作ることが重要だと思います。 同時に、社会的弱者ではない人もその情報やノウハウに接して、理解し認識を深め、バリアフリーを必要とする人となるべく同じ立場になって考えられるバックグラウンドを築くことが不可欠だと思います。


■要求の網羅度の問題

バリアフリーを必要とする人が設計プロセスに参加するのが難しい場合をどうやってカバーするかも、重要だと思っています。 現実問題として、幼い子供やコミュニケーションを充分にとれないほどの高齢者等が利用者となるケースも少なくないと考えています。

 □■□

バリアフリーが必要とする人が設計プロセスに参加するのを支援する仕組み、ノウハウ蓄積とその利用、利用者をサポートする設計のプロ側の育成、利用者との信頼関係構築.... やるべきことは沢山ありますね。

この問題はさくらぎちょうさんが答えを持っているものでは無いと思いますし、誰かが一気に解決してくれるものでも無いと思います。 なので、バリアフリーが必要とする人も、そうでない人も、うまく協力して、明るく元気に前向きに取り組んで行くのが良いんじゃないかと思っています。

そのために、社会の常識として勉強するためのコンテンツが整備されているのではないか、もし整備されていないなら、整備して行きたいと思う次第です。


長文になってスミマセン。
冒頭に申し上げたように考えをそれほど練ることができていません。お許しください。
[ 2007/02/19 23:22 ] [ 編集 ]

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