青年海外協力隊員のあり方 に関して、
京王線さんからのメッセージです。
当たり前のことですが、理論だけではダメだし、実行力だけでもダメ。でも、協力隊は担当地域や担当人口が少ないので、どっちがより求められるかと言ったら、実行力でしょうね。私は開発学を協力隊の後に学びましたが、もし協力隊の前に開発学を学んでいたら、もっと良い活動ができただろうな、と思いました。
しばらくぶりにブログを見て、コメントしようと思ったのですが、コメントしたかった記事がどれだったか忘れてしまったのでここに。
私のいる国はとても弱者に優しい国です。なので、どんなに結果が最悪でも「成功だった」と肩を叩き合い、満足します。お互い批判をしません。なので発展が全く望めません。うまくいえないのですが、弱者に「優しい」ことは大事ですが、「甘やかし」との境界線が難しい気がします。確かに、「理論だけはダメ、実行力だけでもダメ」ですね。
ただし、京王線さんの書いているように、協力隊員は基本的には「コミュニティでの開発モデル(地域活性化モデル)」を作るのが仕事だと思います。それであれば、理論は「人間としての基本的素養」でほぼ十分ではないかと思います。
もし協力隊の前に開発学を学んでいたら、もっと良い活動ができただろうな、と思いました。は、京王線さんはそうなのでしょうが、果たしてほかの人もそうなのだろうか?と思うことがよくあります。
つまり、知識がじゃまをするというか。
「知識はないよりあった方がよい」というのは、必ずしも当てはまらないのではないかと思います。
知識があるがゆえに、本質が見えなくなるんだと思います。かといって、たとえば医者が手術をするのに、「理論はなくても、とにかく切ってみる」などと言われたら恐ろしい限りです。
ただし、人間が生きていく範囲で経験してきていること、、、にコミュニティの開発などでは、「知識」より「実行力」がはるかに重要なのではないかと思います。
(実は、開発において、もっと積極的に「知識はない方が良い」というケースも多くあると思っています。が、それは今度書きます)
私のいる国はとても弱者に優しい国です。なので、どんなに結果が最悪でも「成功だった」と肩を叩き合い、満足します。お互い批判をしません。なので発展が全く望めません。うまくいえないのですが、弱者に「優しい」ことは大事ですが、「甘やかし」との境界線が難しい気がします。確かに多かれ少なかれ、開発途上国共通ではないでしょうか?
タイでも、業務の評価をしようとすると、(決して個人を避難しようとしているわけではないのですが)、大きく抵抗をされることが多いと感じています。「終わったことを蒸し返してもしょうがない」と言われたりします。「今度やるときはもっとうまくやるから」って。
組織的な知識経験の蓄積を考えると、組織としてきちんと評価すべきだと思うのですが。
まさに、京王線の感覚とおなじです、いわば「なれ合い社会」「仲良しクラブ」です。
ただ、日本のように、人間能力をギリギリ活用し、効率やミスをギリギリ詰める、、、そんな国が「良い社会か?」と問われれば、そうは思えません。
うまくいえないのですが、弱者に「優しい」ことは大事ですが、「甘やかし」との境界線が難しい気がします。自分もうまくいえませんが、とっても同意見です。
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作者からのお願い;−−
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