情報の貧困

1980年代の後半にタイの地方(スコタイ)で1人で住んでいたときは、とにかく情報に飢えていました。
日本語の情報なんて手に入りませんし、英字新聞に時折小さく載るプロ野球や大相撲のニュースを読むのが楽しみでした。
(勝った負けたくらいしか載っていないので、筆者でも読めました)

月に1回送られてくる 月刊新聞ダイジェスト を読みふけったものです。 

本当に当時は情報に飢えていました。

自分はいまバンコクで生活の拠点があります。
バンコクでは、NHK・CNN・StarTVをはじめ世界中の番組が見れるケーブルテレビTrueVision 注1で見れます。

読売新聞衛星版 や 日経新聞国際版 はバンコクで印刷されて毎朝配達されます。
以前東北タイのナコンラチャシマ(コラート)で住んでいたときも、朝8時には、バンコクから250kmの距離をへて朝8時(日本時間1時)には読売新聞が配達されていました。

日本や欧米の書籍は紀伊國屋 他日本の本屋で買えますし、わざわざ本屋に行かなくともAmazon.co.jp からインターネットで注文すれば、数日後には手に入ります。

そもそも、インターネットで、ありとあらゆる情報が手に入ります。
インターネットの速度が遅いとか、トラブルが多いとか 贅沢を言えばキリはありませんが、まあ十分満足できるレベルです。

何が言いたいかといえば、ここバンコクで暮らす上で「日本の情報に飢える」ことは全くないということです。


家族のことやいろいろな事情をのぞけば、自分的には世界中のどこでも暮らせると思います。条件は、「インターネットが使えること」ではないかと思います。

生活条件が厳しいとか、そんなことよりも「情報がないことの苦しさ」の方が耐えられないと考える人は、案外多いのではないでしょうか。


何を書きたいのかといえば、

「『情報の貧困』におかれている人たちが世の中には大勢いる」ということ。そして、情報の貧困は人間社会にとってかなり決定的な課題ではないかということです。

この「情報の貧困」については、簡単には書けませんので、このブログで少しずつ書いていきますが、「情報の貧困」とは、「情報が手にはいらない」という問題だけではありません。情報が手に入っても、読めない、理解できない、活用できないこともあります。
また、ちょっと極端な例になりますが、「知らなかったら幸せだった 注2」こともあります。

とりあえず、「情報があるのに読めない」ということについて。



スイマセン、続きは、、、元気があれば後ほど。
元気がなければ明日に。







注1;もともとケーブルTV会社のTVが、香港のテレコムアジア系の総合通信会社のTrueに最近買収されて、True Visonとなりました。さらには(10年ほど前は)確かIBCなどという独立系会社でした。
(うろ覚えの記憶を元に書いているのので、間違っていたらゴメンなさい)

注2;「知らない方が幸せか?」は村の開発に携わる人は誰もが1度は考えたことがある疑問でしょう。 また、一方で、考えても考えても答えは出ないので、とりあえずあまり気にしないようにしているのだと思います。この課題についても、追って書いていきます。

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://okui.blog77.fc2.com/tb.php/354-4b02a25e