柳沢大臣の発言と久間元防衛大臣の発言

原爆は「しょうがなかった」か? 久間元防衛相発言の裏側

に関して現役協力隊員からのお叱りのメールです。
失言の多い筆者ですが、またやっちゃった?って気分です。」

犬を躾るとき、悪いことをしたときに「叱る」より「無視する」ことが良いそうです。

筆者も犬並み?で、勝手な言いたい放題を書いて、無視されると辛い物があります。お叱りのメールでも何でも、メールをもらうと嬉しくなります。これに味をしめて、また失言しようかな。


さくらぎちょうさま

「女性は機械」ではなく、「女性は産む機械」というのが、柳沢大臣の「お言葉」です。
両者は明らかに次元の異なる表現だと思います。

明らかに、性としての女性を軽んじており、女性の社会的、文化的役割において、子づくりのみが女性の仕事→「産めよ増やせよ」精神につながる女性軽視的姿勢です。これは、いわゆるジェンダー問題にも関係することではないかと思います。

悲しいのは、厚生労働大臣(更生大臣でもある)ともあろうお方が、人の「生命の神秘」を軽んじる表現をしている点です。少子化→女性は産む機械→子供を大量生産すべし、という循環で、人の命を機械的にとらえようとしています。労働大臣でもあるため、「機械」という言葉がこぼれたのかもしれませんが、、、。

子供を産みたくてもそれが叶わず涙している人もこの世の中にたくさんいらっしゃいます。また家族計画をして子供は何人と決めている家庭もあるでしょう。そして女性たちは一人一人の出産に男には解りえない苦痛を伴って我が子を産みます。つまり一人一人の「人」への尊厳の視点こそが、人として最も大切な視点であろうと思います。この大臣の発言には、そういったことへの配慮がまったく欠如している表現だと思います。

また、日本国憲法は基本的人権の尊重の精神のもと、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない(14条)」と定めており、同時に憲法では個人の思想や表現の自由もうたっています。

この大臣は、基本的に日本国憲法を理解していない(人権軽視)、そして命を軽く扱って個人の尊厳の気持ちが微塵も感じられない(生命倫理軽視)、、、これは失言ではなく、厚生労働大臣として、政治家として、日本人として、人として、男として、、、(まだ言い足りない)、基本的姿勢が欠如しているんだと思います。

この様な人間が、日本の厚生労働大臣として今も尚君臨している事に、私は強烈に恐怖を感じています。

現役隊員



現役隊員さん。主旨には100%同意します。
ただし、筆者の理解は少しだけ異なります。

「女性は機械」ではなく、「女性は産む機械」というのが、柳沢大臣の「お言葉」です。

ということですが、筆者は柳沢大臣が発言したのは、「数字を判りやすく説明しようとして、『例えとして』機械をだした」と理解しています。柳沢大臣が「女性は産む機械」と発言したわけではないと理解しています。

柳沢発言を確認します。

特に、今度我々が考えている2030年ということになりますと、2030年に例えばまあ20歳になる人を考えると、今いくつ、もう7、8歳になってなくてはいけないんですよ。もう生まれちゃってるんですよ。(20)30年のときに20歳で頑張っている人とか、やってくれる人はですね。

そういうようなことで、後は、産む機械って言ってはなんだけども、装置の数がもう決っちゃったということになると、機械って言っちゃ何だけど、機械って言ってごめんなさいね。その産む役目の人が1人あたまで頑張ってもらうしかないんですよ。みなさん、もうね、役人の人からいわれるんですが、2030年には大臣、勝負は決っているんです。こう言われちゃうんです。

で、今どれくらい1人あたまで産んでくれるかというと、それが合計特殊出生率というこむずかしい名前で呼ばれる事実なんですね。今は日本は1.26、去年は1.29だったんです。



つまり、発言の主旨は、「出生者数を増やすには、(女性の数を増やすことはできないので)女性1人当たりの出生者数を増やす必要がある」ことを、判りやすく説明するがために、(全然判りやすくなっていないのが、悲しいが)機械に例えて説明した(=比喩)。 ということです。
決して、「女性は子供を産む機械のようなもの」と発言はしていません。


で、「この発言が適当かどうか?」聞かれたら、それは確かに誰が見ても不適当です。が、一方で柳沢厚生労働大臣が、信念として「女性の説明を機械に例えることが正しい」と思っているかといえば、それはどうもNOです。現に、

「極めて技術的な人口推計の説明をする時に、できるだけわかりやすくしたいという一念で、ついこういう言葉を使用してしまった」
「人口統計の説明をする際、大変不適切な表現をしたということは、これはもう申し訳ないことで、その点についてはお詫びをします」
「私の間違った表現、これは何回謝っても足りない」
と何度も謝っているのです。

いわば、あまり適切でない比喩発言をし、その発言に気づいて謝っているのです。(発言の最中にすでに「マズイ」って気づいているようです。「喩えてごめんなさいね」って発言しているので)
これこそ「失言」であり、何度も謝罪しているにもかかわらず、その失言を責め立てるのは「言葉狩り」と筆者は感じます。

なお、この発言の数日後に、「柳沢厚生労働相また問題発言、子供2人あるのが健全!と発言!」などと新聞に記事が載りました。

子供が何人かが健全なんて、なぜそんな事をこのオッサンに言われなきゃいけないのか、個人的には怒りを覚えました。
ところが、なんとそのような発言も柳沢大臣はしていなかったのです。

「子供が2人欲しい、という健全な要求に応えられるような社会を作らねばならない」というような主旨だったと思います。

新聞の見出しと全然違うヤンけ!!

怒らねばならぬ対象は、柳沢厚生労働大臣ではなく、新聞に対してです。

ひいては、「柳沢大臣は、金融畑、経済畑の人だから、人間を見る必要がある厚生労働大臣に相応しくない」の意見まであります。もう、なりふり構わぬバッシングにしか聞こえません。「その道の専門家しか大臣になれない」と考える方が危険と思います。


と、柳沢厚生労働大臣擁護発言をしてきましたが、筆者は実際はこの大臣を殆ど知りません。
筆者の主旨としては、

「失言はある程度は誰にでもある。過剰に失言を追及することは建設的ではない。むしろ、発言の裏にあるその人の「正体」を見ることが大切」ということです。

筆者は、柳沢大臣の正体を知っているわけではありませんが、上記のように「発言は配慮に欠ける失言」→「謝罪し訂正すればよい」程度にしか感じません。 実際に失言を謝罪して訂正しているわけですので。

ちなみに、久間元防衛大臣は「発言に対して」謝罪も訂正もしていません。(言い訳はしていますが)
さらに、以前には

国家の安全のために個人の命を差し出せなどとは言わない。が、90人の国民を救うために10人の犠牲はやむを得ないとの判断はあり得る。

という発言をしたこともあるようです。
久間元防衛大臣の発言は、「失言」ではなく、「本性がポロッと出た」と考えるしかないと思います。














[ 2007/07/24 00:47 ] その他:その他 | TB(0) | CM(2)

そうそう

コメントありがとうございます。

批判だけのマスコミも考えてほしいものです。

そうですね。それが無理ならせめて「的確な批判」をして欲しいものです。発言の言葉尻をとらえた批判は見苦しいだけです。
[ 2007/07/25 01:33 ] [ 編集 ]

ni-na5

この問題が報道された時に、大臣が喋っている処をニュースでみましたが、どこが問題発言か判りませんでした。
その後、新聞等の論調で変に論理がすり替わっているなぁと感じたのですが、これを読んですっきりしました。

ただ、私の嫁もそうですが、女性はもう感情的になっているので、論理的な事は受け付けない雰囲気ですね。
政治家は言葉が大事って事ですよね。
でも、これに懲りて当たり障りのない話ばかりになっちゃったら、大げさかもしれませんが民主主義の危機です。
批判だけのマスコミも考えてほしいものです。
[ 2007/07/24 07:26 ] [ 編集 ]

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