自民・民主連立政権 さくらぎちょう的選挙結果の見方 の続きです。
筆者は青年海外協力隊のOBなわけですが、青年海外協力隊「事業」は良い意味でも悪い意味でも「政府の実施している事業」です。
難しいことや建前はおいておいて、要は、
「比較的若い一般の人を途上国に派遣して、国造りに生かすとともに、その経験を日本にフィードバックをしてもらおう」
ということだと思います。
で、青年海外協力隊員への生活手当やら活動経費、その他もろもろは国家予算(≒税金)から支出されるわけです。
税金で支出されている以上、その支出は当然透明性が必要です。
で、活動に必要な費用を支出する際に当然「領収書」が必要なわけです。ところが、デパートで買うのならきちんと領収書が出るのですが、例えば村の小さな商店で「バケツやスコップを買います」と鶏の養殖プロジェクトの為に「ヒナを村人から買います」とかそんなときに領収書をどうするのか、それは頭の痛い問題です。
領収書など発行する手段がないし、無理矢理書いてもらっても、その国の法律にのっとった正式な領収書でないことも多く、相手国の正式でない領収書を日本が正式なものとできるのか。あるいは、逆に、開発途上国では、領収書の偽造など簡単にできるのも事実です。
青年海外協力隊員として開発途上国の現場で働くと「領収書なんて意味がない」なんて思うこともよくありました。
青年海外協力隊員は通常は2年の任期なのですが、筆者などは出来がわるく、人より大分余計に青年海外協力隊員をしたりしたので、他の協力隊員から、領収書の作ってもらいから、あるいは日本政府に通用する領収書はどのようなものなのか? 逆に領収書をうまく細工して別の費用を捻出できないか?などとの相談を受けたりしました。
それらの質問をする人は、
何もわかっていない のです。
領収書とは、
きちんと支出したことを証明する手段のひとつ なのです。
筆者的には、きちんと支出したことを客観的に証明できればry9押収書が無くても構いません。「村の中で住民から竹材を購入」で正式な領収書などはもらえませんし、そのときは、
何々村の何々さんの家には竹やぶがあり、竹材を10k伐採し加工するには、どれだけの手間がかかり、それを購入するのに幾らはらった。それは村長さんの了解すみである。ということを文書に残し。竹材とそれを使用したものの写真に残せば十分なのです。
それを、領収書のフォームを作成し、意味もわからない村の人に「ここにサインしろ」といって、サインだけする。結果、体裁だけ立派な領収書ができあがります。5年後にサインをしている人に、この領収書はあなたが発行したものですか? といっても領収書など発行していない。そういえば、なんか知らないがサインをしろと言われた。となるでしょう。ましてや、この竹を売ったおじさんが控えなど持っているわけはありません。
また、先ほども書いたように、開発途上国ではあ領収の偽造くらいいくらでもできます。これは偽造されたのではないかプンプン臭う領収書が相手国の公務員から出されて精算を求められることもあるのです。
そんなときは、領収書の発行元に問い合わせたり、量を確認したりして不正がなかったか確認をします。
そうすると、「きちんと領収書をはじめ文書を整えているのに、なぜ疑うのか?」と不満を言う人も多くあります。
そんな人も根本的にわかっていません。
「領収書や文書がきちんとしていればいい」、、、のではなく、「適切に購入した事実を証明する」のが文書や領収書なのです。適切かどうかに不明や疑問があれば領収書や文書を確認したり、客観的に説明する追加資料を求めたりするのです。
で、何も判っていない大バカものがなんと大臣にいました。
赤城元農水大臣です。事務所経費の疑問に対して、
「ルールにのっとって経費処理をしている。ルールでは領収のの添付は『省略できる』こととなっている。だから、領収書を公開する必要がない」そんな理論です。
確かに、細かい経費まですべて領収書を添付する必要はないかも知れません。事務経費の節約のために領収書添付の省略はよく行われます。たとえば市内交通費の支出にいちいち領収書をとっている会社はあまりないでしょう。でも、事務効率化と説明とは全然別ものです。
赤城元農林水産大臣は疑問が呈された時点で、「客観的に証明しなければならない」のです。「事務的に領収書の添付を省略できる」ことが「領収書を公開して客観的に説明する必要がない」こととは全く異なります。
青年海外協力隊員がわずか合計数万円の税金を使うときに、こうやって処理しているのに、大臣ともあろう人がわけのわからない説明をすることに衝撃をうけました。
今回参議院選で自民党が大敗しました。争点は「年金」とのことでしたが、厳密にいえば「年金の事務処理方法」というある意味低い次元の問題が争点でした。自民も民主も「きちんと年金の事務処理処理をします」と言っているわけですから、そもそも争点にもならないはずです。
でも、このような意味不明大臣の説明を聞いて、かつ首相が「赤城大臣は説明責任を果たした」というのを聞いて、「自民党に任せていては事務処理ひとつできない」と思った人が多くいたのではないでしょうか?
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記事の購読ありがとうございます。
「ありがとう」ついでに、何かコメントを書いてくれると、さらにとってもうれしいです。
コメントを読む/書く (2)
処理についてはまったくその通りと思います。
民間の会社においては、100円のシャーペン1本でも領収書がなければ会社で精算してくれませんしね。
ただ、今提案されている、1円からでも領収書をつけるなんて議論はどうかとも思います。
コンプライアンスが叫ばれていますが、中学校の校則みたいに細かいことまで法律で決めるのは間違っているんじゃないでしょうか。
ただでさえ窮屈なこの国がますます窮屈になり、(大げさかもしれませんが)活力が損なわれてしまうのじゃないかと危惧致します。
ニーナ5さん
そのとおり。1円のものにも領収書をつけるかどうかなんて議論は馬鹿らしくて新聞を読む気にもなりません。問題は、「領収書があるかどうか」ではなく、「適切な支出かどうか」です。
そもそも、大臣が1円の領収書を全部自分でチェックするなんてことはありえません。(そんなことに時間を使っている大臣がいたら、それこそ問題です。)
政治家がどんな風に管理監督していたのか。それが問題にすればよい。それを何の根拠も示さずに「適切に処理」「ルールに従って処理しており領収書を公開する必要はない」などというから、「こんな人は信用できない」と感じてしまいます。
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