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「2006年クーデター」から「PADの空港突入」までの経緯のまとめ

2006年10月に発生したクーデターによるタクシン元首相の失脚をきっかけにタイの政治が混迷の度合いを深めています。

タイのクーデター;とりあえずの総括   も参照。

今回、
バンコク 空港封鎖
で書いたようにタイの状況が緊迫してきました。


このような緊迫した状態で、タイのマスコミから得られる情報は極めて限られ、
かつ不正確なので何が正しく、何が間違っているのかはさっぱりわかりません。
いろんな噂がSMSで飛び交っていますが、あくまで『噂』ですが。
クーデターの噂のメールなど、昨日からもう10通はきています。(笑)

そんななかで筆者もいろんなタイ人に状況や今後の見込みを尋ねています。 が、はっきりしたことはいえません。
さきほど、知り合いの元軍の高官の娘(=そこそこの高級官僚)と電話で話しましたが、
「もう山場は超えた。明日には空港は大丈夫だろう」と言っていました。
「根拠は?」と尋ねると
「マイルー(知らない)」と誤魔化していましたが。

いい加減な推測とも思えますが、
その人は2006年のクーデターの際も結構情報は持っていたので、
「いい加減な情報」とはいいきれないし。

また、知り合いの内務省高官の娘(=やはり公務員)は、
「いまのところクーデターの発生する状況にはないようだ。」と言っています。
その娘は、2006年はクーデターが発生する直前にすでに情報をつかんでいました。
(その人以外にも、今から思えば、結構多くの人がクーデター発生前に情報を持っていましたが)

情報を持っていても、筆者のような一般人に本当のことを言ってくれるかどうかは不明ですが、
一般的にタイの情報管理は甘いので、なまじっかそのような情報をガセともいえない気がします。



さて、2006年のクーデター以降の状況をちょっと纏めておきます。
(筆者の勝手な憶測部分も多くありますが)


クーデターでタクシン元首相が失脚した後、元陸軍司令官のヨンユット氏が首相になりました。
その政権の重要な任務は、どう考えても「クーデターの大義名分を具体的に正当化する」こと。
その為には、タクシン元首相の犯罪(汚職)を立件すること。そして、総選挙でタクシン派を駆逐すること。

しかし、犯罪の立件に関しては、圧倒的に立件側の優位な状況(=タクシン元首相が国外にいる=欠席裁判)にもかかわらずなかなか立件されませんでした。

ある日本人有識者が次のように言っていました。、
「タクシンは企業の株式を多く持つ資産家である。タイという国の価値を高めることが企業の価値を上げることもつながる。「タイの国の価値を高める政策」を「自分への利益誘導の汚職」というのであれば「汚職」であろう。しかし、従来型の汚職は本当になかったのではないか? タクシンの資産規模(数千億?)からすれば、そのような従来型の汚職(数億円とか数十億円とか?)は全く意味がない」

あくまで状況的にみてですが、筆者はこの意見はあたっているような気がします。


また、選挙でのタクシン派の振り落としのためには、軍政権により作成された憲法規定に則ってタクシンの愛国党(タイラックタイ)の解党命令(野党の民主党はなぜか解党されない)があったり選挙制度の改革(結果的にはうまく機能しなかったのだが)などをしました。



が、結果、タクシン元首相を(誰もが納得する形では)犯罪の立件はできず、

選挙では、新タクシン派のPPPが第一党になったのです。
そして元バンコク都知事のサマック氏が首相になりました。

ちなみに、このサマック首相は決して人気はなかったように思います。
人を見かけで判断してはだめなのですが、見かけも発言も「品がない」というのが大きな理由だったように思います。 「親タクシン」が一番大きな理由で首相になったでしょう。


いずれにしろ、クーデター政権はメンツをひどくつぶされたかたちで、
「選挙で選ばれた」サマック首相に政権を降りました。

(だって、「クーデターはなんだったんだ?」ってことですよね。)

そしてタクシン元首相の帰国および復権体制の整備、、、、、、、

と続くはずだったのですが、ここで
元プージャッカン紙の社主のソンティ氏および元バンコク都知事のジャムロン氏の登場です。
(タクシン降ろしのときにも登場し、最終的に2006年クーデターにつながりました)


PAD(People's Alliance for Democracy ;民主主義の人民連合)を結成し反タクシン派運動をはじめました。 
実態は、正直よくわからないのですが、「民主主義のために戦う」というよりは、「反タクシン連合」といった方が正しいと思います。名前は「民主主義」がついていますが、民主主義とはかけ離れたところにいると思います。

重要なスポンサーは、「タクシンに利権を追われたグループ」と「タクシンの経済優先政策に反対するアカデミックなグループ」と思われます。 そして、なにより「タクシンへの私怨を持つ人たち」も重要なメンバーともいわれています。 「利権や政策」であれば、妥協も可能なのですが、「恨み」は妥協が困難です。

だいいち、タクシンの大衆迎合政策(≒バラマキ政策)を非難したヨンユット政権が、まさに民衆の人気をとるために大衆迎合(≒一掃のバラマキ)を強力にしたのです。ただし、タクシン元首相は、「バラマキをあくまで政権安定化のための戦略的に行い、その最終目的はタイの経済成長を行うこと」としたのに対し、ヨンユット政権は「戦略なきバラマキ」として経済政策が混乱したとの意見もあります。


いずれにしても、PADはタクシン派の一掃を目指して、大規模なデモにうってでます。


でも、平和的なデモではなく、道路の占拠、テレビ局の占拠、首相官邸の占拠、空港の占拠とどんどん暴力的にエスカレートしてきました。

また、要求は、「首相は退陣しろ」「選挙はするな(選挙をすればタクシン派が勝ってしまう」なので、どこが「民主主義」なのか、筆者にはさっぱりわかりません。


いずれにしろ、「タクシン首相という強烈なリーダー」憎しからはじまった今回の混乱は、中流階層VS庶民という争いに発展し、どんどん深刻化していくような気がします。
(もちろん、中流階層=PAD支持、庶民階層=タクシン支持)


以前であれば、国王に近い人の仲介があったのでしょうが、国王すら仲介できないほどしこってしまったなのでしょう。


タクシン派は、「選挙で選ばれた正当政権」でることを主張し、

PADは、「タクシン派のばらまき政策によって、『馬鹿な庶民は』正常な判断ができない。民主主義の成熟していないタイでは、選挙結果ではなく、(国王に信任された)有識者によって国を導くべき」

というのが、私の理解している各派の主張です。


また、タクシンを、国王の国であるタイを売る「売国奴」との非難があります。

タクシンは、タイと言う国を資本家が魅力的にうつる国にして、海外からタイへの投資を増やそうという政策をとりました。「タイに投資する」ということは、「タイ企業の株を海外に売る」と近い意味があるので、確かに「タイを売る」政策でしょう。但し、「安くたたき売る」のであれば確かに「売国奴」が成立するのでしょうが、「高く売ろう」というのが「売国奴」につながる論理がわかりません。
また、タクシンは公務員や教師など信用しておらず、それらにも競争主義を取り入れようとしました。具体的な形としては、教育改革、公務員改革、国有企業の民営化などです。普通に考えたら、競争力をつける良い政策なのですが、当然ほとんどの教師、公務員、国有企業職員は自分の地位があぶなくなり、大反発を招きます。それを「選挙という国民の信任」を背景に、進めていったことに「タクシン憎し」がおきました。さらに、タクシンにとって悪いことに、公務員は、タイ語では、タイでは実は「国民に仕える人」ではなく、「王に仕える人」の意味なのですが。

公務員改革、国有企業改革は、「国王の財産の改革」と曲解されてしまったことが、タクシンの悲劇です。もちろん、公務員・国有企業・教師は庶民ではありません。村に行くと、公務員に近いところにいる住民(村の顔役、各種住民グループリーダなど)はともかく、一般住民と話をしていると、公務員や国有企業職員に対する痛烈な批判を聞きます。

少なくともそれら「普通の住民・庶民」をさして、「ばらまき主義で判断ができない馬鹿な住民の意見である」とする意見には私は疑問を感じます。


※この文章は、いままで筆者が見聞きしてきたことからの個人的理解や推測で書いています。
間違いや公表する相応しくない部分がありましたら、指摘いただけるとうれしいです。


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