「言葉による対話」以外が必要

バンコクは、完全に通常通りに戻っています。少なくとも表面上は。
みな、溜まっていた仕事に大忙しのようです。

私も、騒乱時の自粛していた飲み会の調整に大忙しです。 ← コラコラ



「対立の図式」はもう古い(日本の報道にピンときません)
で、このブログへのコメントを紹介させていただきました。
が、その後もいくつかコメントをいただいています。


地下鉄さん;
何度か書き込みさせていただいた地下鉄です。 掲示板での赤黄について というか政治的なことについて書くとなぜか 攻撃のような というか明らかに 喧嘩をうられてしまうので こういうふうに messageを送らせていただきます。
前の投稿で
魚の取り方 とただであげる ことについて かかれてましたが 私はサクラギチョウ さんの意見同調し 付け加えさせていただきます。
魚の取り方を教えることのできるのは その人が魚を魚だと認識し そしてその意欲 生きる力がある場合です。 歯医者へ行くお金もない人が魚の取り方を教わっても じっと教わる時間と体力があるでしょうか? その間はどうやってご飯をたべるのでしょうか?
魚をあげるのは いまこれから 魚の取り方を教える前の 準備だとは思えませんか?
魚ととり方 については 確か 孔子か老子かが書いてあり その自分は私は自分の会社の方向について考えていたので まさにそのときは名言だとおもいました。 しかし
世の中には 釣竿が釣竿と知らない人 がいます。
イサーンからのメイドを雇ったことがありますが 妹が ラチャパックへ行きはじめ 必要な文具など書かれている連絡簿がありみせてもらったことがあります。 そこで notebookと書かれていました。 彼女はこれは何ですか?この サムット のこと? とノートを指さして これがどうして 1万5000円するのか と聞いてきました 3年前の話です。
今回の事件について 感じることは タイ人はどうして 赤と黄色と区別をしたがり
レッテルをはってしまうのでしょうか? どうして赤の問題も自分の問題 自分がなんらかかかわりあること(というか 自分の責任)としてとらえないのでしょうか?

私は母親ですので よく 子供に問題があれば自分の責任、として問題を見つめます。自分を子供の靴にはめて考えようとします。  たとえば自分の子が 何人かいて ひとり
病気だ 治療費にお金がかかる とするとその兄弟は 自分の新しい靴を買うのはやめて病気を治すために お金をわけるべきです。 しして助け合うべきです。 兄弟でも自分の子供でも ものをほしいのは当たり前で それを悪いことだと思いません ですが母親の役目として 兄弟に今は我慢してもらい 末っ子の病気が治ったら 新しい靴2足 買えるようにするから(末っ子と力をあわせて) と説得します。 

それが母親のやくめだとおもってます。 

父親はうしろで 威厳があるように〔軍でしょうか) 銃でももって構えてもらい 子供みんな 元気になったら 家族みんなで 力を合わせ病気にならないように しよう と エアロビクスでも
します〔笑〕。

私は 家にテレビをおいてない とうかケーブルをつけてないし 新聞など読まないので
赤黄の詳細 登場人物など詳しくないので わかりませんが このなかで入ってくる情報でもタイ人の態度は 心痛みます。 

前の投稿で 黄色大将がうたれて 笑ってる
とうのは間違いで 本当はテレビの前で 万々歳 です。

万々歳ですよ。 ムエタイ観戦ではないのです。

タイ人がタイ人撃ってどうする!ととても情けないです。 どうして こういう風になってしまったのか じっくりタイの人に考えてもらいたいのです。
と だらだら 書いてしまうと サクラギチョウさんにご迷惑がかかりますので
ここで終わりにします。 タイの行方を心配する在タイ 日本人より。



映画館で、人の死ぬシーンで笑うタイ人に違和感を感じる人は多いと思います。
タイタニックで、ジャックが海の中に沈んでいくシーンでも笑い声が聞こえたし、
パールハーバーで空襲のシーンで笑い声が聞こえたりしました。このあたりのタイ人の感覚は、理解できません。誰か教えてください!!
(映画が終わると、余韻を楽しまずにさっさと帰るタイ人の感覚も理解できません)

魚を捕る方法が大切か、準備が大切かということはそのとおりだと思います。
「技術」以前に大切なことは沢山あるのは当然ですが、技術しか知らない人間は、技術を拠り所にしてしまう傾向があるような気がします。

地下鉄さんは良い母親なのでしょう。タイにおいては以前はその役割は国王だったのでしょうね。
但し、母親の言う事のみを聞かない、長兄が出現したというのが今のタイでしょうか。



Jackeyさん;
こんにちは。いつも拝見させていただいております。
タイ関係のブログの中で一番好きです。
あふれる教養を隠しながら(小出しにしながら)書かれる面白い記事を読みながら、いつも感心しています。本当に面白いです。
そんな、さくらぎちょうさんが秘めていた教養を一挙に放出した感のあるこのたびのバンコク騒乱に対するご意見の数々。
本当に素晴らしい文をありがとうございます。
自分のブログで書きたかったけどなかなか思っていることをまとめられない自分の力の無さに悲観していた時、さくらぎちょうさんの記事を読み、共感し、つい私のブログで紹介をしてしまいました。
私のブログの読者はゲイの方がほとんどですので、これからこちらのブログの読者もゲイを中心に増えるであろうことが予想されますのでご覚悟のほどをお願いします。
さらに私のブログを読んだ別のゲイの掲示板でも紹介されました。
無断で紹介させていただいた事後報告に対して、事後承認をお願いいたします。
http://jackeybkk.blogspot.com/


>ゲイの方がほとんどです
に、どう反応してよいのか悩ましいのですが、、、、、
タイに来たことがある人は、タイにゲイの人がとても多いことにすぐ気づくと思います。
そして、ゲイの人がフランクリーできめ細かな人が多いということも。(個人差はあるのでしょうが)
若いタイ人の女性が言っていたのですが、
「ゲイの友人を持つと便利!」

ユーモアがあって一緒にいて楽しいし、細かいことに気がついてくれるし、
PUBなどで夜遊びしてもボディガード代わりになるし、
深夜に家に送ってもらうときにも「送り狼」の危険もない

オイオイ! それって、「友人」というより「便利屋」じゃないか!

とつっこみたくなりますが、そんなことは気にしない、おおらかな印象がそう言わせるのでしょうか。

で、タイの中ではゲイが認知されているのかと思えば、
映画サトリーレック(สตรีเหล็ก 直訳;鉄の女 邦題;アタックナンバーハーフ)を見て、
タイでもゲイは差別されていたんだ!
と知ったりしました。

ところで、教養があると言われたのははじめてです。

教養がないことが私の誇り、、、、

冗談ではなく、

「勉強はできなくても良い」

ではなく

「勉強はできない方が良い」

が私の持論です。
知識は、ない方が良い  参考)

(勉強することを否定するものではありません。念のため。)

が、今回のタイ騒乱の一連の記事は、熱くなって、一方的な思いを書いてしまったような気がします。
このブログを以前から読んでくれている人は了解していると思いますが、
くれぐれも、このブログに書いていることを信じないように!
(ここに書かれていることは、正しいこと10% いい加減なこと70% その他50%くらいです)


しゅんさん;
1週間ぶりに会社へ行くと、「Central world を燃やすなんてひどい、タクシンは死ね、CNNは嘘つき、軍はよくやった」等のコメントだらけで、亡くなった人を弔う言葉は一つもなかったです。あれ、こんな人達だったっけと驚きました。
中間層のバンコクの人達は報道されている事に何1つ疑問をもたないのでしょうか。タクシンからお金もらっただけで、自分の命までを犠牲にして戦うアホはいないよ!とか思わないのでしょうか。
赤がデモをしても、捕まっても平等な扱いを受けないとすると地下組織で動くしかないかもしれないですね。そうすると南部と同じような状況がタイ全土で起きる気がします。素敵な国なのに悲しいです。
タイ在住の日本人にはこの国の歴史文献(保守的もリベラルも)をもっと読んで欲しいです。



タイで生活していると、タイ人の残酷な言動には驚くことが多くありました。
身近な例でいえば、ハゲている人に「ハゲ」、太っている人に「太っちょ」と声をかけるとか。
先日も、日本からスタディツアーでタイに来た女学生で、とても小柄で童顔だった人がいました。
「小さいなあ、小学生?」などと、(社会的地位のある人が)冗談とも本気ともつかない調子で何度もしつこく声をかけていました。
本人がどれほど嫌がっていたのかは不明ですが、少なくとも日本人ならそんなことは言いませんよね。

これなどは、身近な例なのですが、しゅんさんの書いていることはその延長上にあるのかもしれないと言いました。

なお、「赤シャツ大嫌い」と大声で公言する人は大卒の中間層に多いと思います。
(少なくとも、私の知るなかではエリート層は、「寡黙」です)

外国のマスコミが、「タイ式民主主義」を理解しないまま放送をする、と海外のメディアを避難するのは、タイ人のこれも大卒中間層から良く聞く言葉です。
(中間層のいう「タイ式民主主義」については タイ騒乱まとめ;良かったこと!!  も参照)

「そういう考えもある」というのは理解しても、その「タイ式民主主義がタイに相応しい」とどのように決めるのかは私には、そして殆どの外国人には理解できないのでしょう。
少なくとも、「どちらが正しいか?」では、いつまでも平行線です。
アピシット首相は、赤シャツ隊への非難を避け「対話が大切」と言っている意味を皆が考えればいいですね。

ちなみに、今日ある知人のタイ人(親が企業経営・私費海外留学経験あり;まさに典型的な反赤シャツ隊バックグランド)とこの話をしましたが、

「そんな赤シャツが好きならペッブリへ行け(=UDD幹部が収監されているのがペッブリ県)。私は赤シャツ隊が大大大嫌い!」と笑いながらではあるが、感情的な言葉を言っていました。

ちなみに、このタイ人は20代ですが、朝食は毎日スターバックス(コーヒーとサンドイッチで約600円≒バンコク労働者の最低賃金)です。

なお、上記の「タイ騒乱まとめ;良かったこと!!」でも少し書きましたが、


対話(話し合い)といっても、
「頭の良い教養のある人」と「頭の悪い教育を受けていない人」では、
同じ条件で話し合ってもフェアではありません。

教育を受けた頭の良い人は、理路整然と主張を説明できると思います。また、ディベートやプレゼンテーションの「テクニック」を使ってどうやって説得するのが良いかも知っているでしょう。

教育を受けていない、あるいは頭の良くない人は、自分の思いを言葉という形で表現するのが苦手です。理路整然と説明することはできません。


両方の代表が、同じ人数だけ出席し、同じ時間を与えられて説明する。


一見平等に見えますが、全然平等ではないのです。


だから、頭の悪い人は、言葉で表現する以外の手法もとらざるを得ないのです。
(暴力を容認する意見では絶対ありません。念のため)


それが、デモであったり、団体交渉であったり、するわけですが、
今回はそれがエスカレートして不幸な事態となりました。

アピシット首相の言う「対話」を実現するためには、
赤シャツ隊へのハンディを本気で考えないと

裁判での代理人が弁護士であるように、
貧しい教養の無い人の代理人となる頭の良い人がいれば良いのですが、

少なくとも、現在タイ国内で有識者とされる人たち(学者・高級官僚など)で、
それをできる人はあまりいないのが実情です。
というより、むしろ反赤シャツだらけ!!

赤シャツと黄シャツの戦いをスポーツに例えて、
「審判も黄シャツ」
と言われたりします。

対話を実現するには、ハンディのつけかたをぜひ真面目に考えて欲しいと思います。


まってました!

takuさん こんなコメント待っていました。

>もし表現が下手だったり、発言が論理的にまとめられないのなら、それは仕方ないのでなないでしょうか?  逆にハンディなるものがあるとすれば、それは逆差別ではないですか。

条件が同じであれば、そうとも考えられますよね。

ただ、「条件が同じであれば」です。


たとえば、
「全員おなじ条件=めがねをかけない」 で、勉強をしても、それは平等とはいえません。近視の人は黒板を見ることができません。「メガネをかける」は近視の人へのハンディです。
「全員おなじ条件=同じ入学試験問題」で、高校受験をしても、それは平等とはいえません。経済的事情で高校に行けない人には無意味です。「奨学金」は経済的事情のある人へのハンディです。

(本人の努力の問題ではなく)社会的事情で、「表現が下手だったり、発言が論理的にまとめられない」人を認めないなら、それは差別です。差別にしないには。当面はハンディをつけるのが良い方法だと思います。

/さくらぎちょう
[ 2010/05/29 13:01 ] [ 編集 ]

コメント

大変興味深くブログ拝見しましたが、どうしてもわからないのが、ハンディという言葉です。

ハンディって何ですか?
もし表現が下手だったり、発言が論理的にまとめられないのなら、それは仕方ないのでなないでしょうか?
逆にハンディなるものがあるとすれば、それは逆差別ではないですか。
一生懸命勉強したり経験をつんで、きつい精神状態も経験しながら将来のために頑張っている人たちと、対して何も考えず暮らしている人達とで差があるのは当然ではないでしょうか。
どうしてもハンディと言うことばが理解できません。

私もタイに投資する外国人投資家の一人ですが、今回のデモでは手痛い被害を受けました。
こんな無法な行為は二度としないでほしいと、タイで仕事をし、タイを愛するものとして思う次第です。
[ 2010/05/27 01:14 ] [ 編集 ]

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