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最後のパトロール;

人間誰しもミスをします。
(特に私はミスをよくします)

が、ミスをした人に対して、


人間誰しもミスをするんだよ!

と声をかけると、度量の大きな人だと周りから尊敬されますが、



茶碗を自分で落として割った私が、

「人間誰しもミスをするんだよ」

と嫁さんに声を掛ければ、




なぜか、恐ろしいことになります。






それはともかく、ミスをすると厳しく追及されるのが日本のしきたりのようです。


でも、追及されるというのは、どういうことでしょう?


(1)責任を取らされる(罰を与えらラル)
(2)今後同じミスがないよう反省させられる
(3)感情的に叱られる

のいずれかではないでしょうか?


私もタイ人がミスをすると、

(1)責任をとらせる程ではないが、
(2)今後同じミスをしないよう反省して欲しい
(3)でも、怒りは禁じ得ない(前も同じ事を言ったではないか!!!)

ということで、ついつい怒ってしまいます。

自分の中では、「感情的に怒っているのではないのだよ! 
でも、今後同じミスをしないようにね!」と頭で考えているつもりが、
真実は、結局感情的になっているのではないか? と自分で思うことがよくあります。


確かに、反省している人間を追い詰めても、


「さらに深く反省する」というよりは「反感を持つ」ことの方が多いと思います。


時と場合によっては、とことん追いつめることを否定するものではないのですが、


どちらかといえば、その結果として、

「反感を持つ」「気持ちよく仕事ができない」「仕事の効率がおちる」

となってしまうような気がします。


組織の人間としては、普通は「悪いことをしない」よりも「組織に役立つ働きをする」方を従業員に期待しているはずだし、働きやすい環境を作って、組織に役立つ働きをした人を厚遇することにより「やる気をださして、ミスしない」につなげることも可能だと思うのであるが、日本人は(といって良いかどうか判らぬが、少なくとも私は)「ミスをさせない」ことにエネルギーを費やしてしまっていた気がする。



また、タイで、ミスをした人間を叱責すると


「その結果どんな不具合が生じたのか? 大した損害が生じていないのになぜそんなに怒るのか?」


との声を聞くことがよくあります


確かに結果的には、大した損害ではなかった。
しかし、一歩間違えると大変なことになったのだ!

と言ってはいるものの、

「確かに一理あるな」

と思ってしまいます。



私がタイ化してしまったのだろうか?





で、尖閣諸島問題である。


尖閣諸島が日本では日本の領土となっているようだ。

(中国では中国の領土となっているようだ。)


日本では、中国の日本の領土である正当性をマスコミなどを通じて見る機会がよくあるが、
中国の言い分もぜひ聞いてみたいと私は思ったりする。


そもそも人が住んでいるわけでもない島のことは、私の生活に何の関わりもない。
そんなことで、いがみ合うこと自体が、建設的ではないと思ったりもします。

(が、尖閣諸島がどちらに属しているかが一大事と考える人も大勢いるようなので、私はあまり深く知っているわけでもないし、考えているわけでもないので、あまり不用意な発言はさけた方がよさそうですね。)


で、私の言いたいのは、漁船がぶつかってきたビデオです。


このビデオ、政府が隠しているので、どんなすごい秘密が隠されているのかと思えば、

流出してわかったことは、別にびっくりすることもない、想像の範囲のビデオ!


なんで、こんなビデオを政府が隠すのでしょうか?

中国で反日デモがこれだけ発生しているのに、少なくとも日本国民は、知りたいですよね。

人道的に問題だとか、残虐で公開に耐えれないとか、そんなビデオであれば確かに配慮が必要かもしれません。

でも、このビデオ、、、、なぜ隠す必要があるのかさっぱりわからん。


だって、中国人の友人に、
「なぜ日本軍は中国の漁船に体当たりするのだ?」
と聞かれたら、
「いや、ぶつかって来たのは中国漁船と言われている」
としか答えようがない。

それで納得してくれればいいが、中国では
「そうではない」
との大きなうねりがあるのに、日本人として、何も知らされないのが不思議だと思います


現にビデオが流出して良かったという日本人が8割以上いるそうです。







国家公務員である海上保安庁の職員が職務上知り得た情報を流出するのはおかしい!



って、そりゃ、おかしいに決まっています。

でも、海上保安庁の職員も国家公務員も人間ですよ。


機械じゃないんだから、100%言われたとおり動くと思う方が不自然。

第二次世界大戦中に、命令に逆らってユダヤ人にVISAを発給し、多くの人の命を救った杉原千畝の行動は正しいことをしたのですよね。命令に背いたかどうかではなく、結果として人の命を救った! ことをとがめる方がおかしいと思うのです。

長島がバンドの命令を見落としてサヨナラホームランを打ったら、やっぱり長島が英雄なのです。



軍隊ではとくに規律が厳しいそうです。

司令官が、「敵は本能寺にあり」と命令すれば、
「おれ、織田信長がすきだから、本能寺に行かないよ」
なんて許されない世界と聞きます。(そりゃそうだろう)


でも、その一方で、司令官が部下に反感を持たれていると、後ろから弾が飛んでくるかもしれないのが軍隊とも聞きます。軍ですら力や規律だけでは押さえきれないそうです。





で、私の浅はかな発想で好き勝手かきましたが、


私は、ある小説から、タイ人の「こうあるべき」と考える規律・規則・行動規範を学んだような気がします。



sansanw01.jpg

最後のパトロール ゴー・バンコク著 野中 耕一 訳
(http://www.mekong.ne.jp/books/localwriter/030501.htm)


主人公の主人公のウィー・ブンテンは、正義感が強く立派な人間です。組織の中で何を規範にして考えどう行動するのか、生き方・姿勢が強烈に伝わってくる小説です。

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